情報欠落 ①

「みなの衆、本日はよくぞ集まってくれた。こうして寄合に出て壇上でみなの顔を見るのが、一年でいちばんのわたしの幸せじゃ。嘘でも誇張でもないぞ。こうしている間にも若者衆は退屈して、いずれ飲んだくれて喧嘩なんかをおっぱじめるもんだが、それがまた楽しいのじゃ。みなもぜひ、この会を存分に楽しんでくれたまえ。

 

楽しめと言ったところ申し訳ないが、ひとつ言っておかねばならぬことがあるようだ。近頃わたしは、あまりよくない風潮を耳にしておる。ここのみなはもう、だいたいなんのことかは分かっておるな。そう、文字というやつじゃ。文字という悪夢が、わたしたちの集落にも侵入しはじめておる。

 

だれに唆されたのかは知らないが、うちの若い衆のひとりが最近、あの忌まわしき体系を作り出した。わたしたちがこうして話したすべてのことを、模様に書いて取っておくということをだ。やつの言い分によれば、その模様を使えばわたしたちの話を、この場におらんやつにも伝えることができるのだそうだ。おかげで商談が楽になっただとか隣町に友達ができただとか、やつらはそういうことを言いおる。

 

なるほど若者とは便利なものを考える、わたしも最初はそう思った。わたしのことばがここら一帯に広まれば、たしかに面白いことが起きるかもしれぬ。この中にはすでに文字にほだされたものがいくらかおるようだが、きみらもきっと同じようなことを思ったのであろう。悪夢とはいつも、最初は魅力的なものなのじゃ。

 

けれどその魅力に取りつかれてはならぬ。悪夢を追い払うには、つねに自分自身を冷静に見つめ続けておらねばならぬのじゃ。そうすれば、文字なるものがいかにくだらないものかが分かるだろう。文字がいかに馬鹿げていて、実用に足らないばかりか、諍いのもとにすらなるということがな。そう。文字はまったく、話を伝えるようなものじゃあないのだ。

 

わたしはいま、みなの衆に語り掛けておる。このときわたしが使っているのは、まったくことばだけではない。それ以上に、全身を使って伝えているのじゃ。声の抑揚、表情、速度。ことばとはあくまで、語りの一面にすぎない。そうだな。もしわたしがことばを使っていなかったとしても、きっといまみなの衆はいま、わたしの言わんとしていることを理解してくれていると思う。

 

けれど文字は、語りからことばだけを切り取ってしまう。そんなもので、話が伝わるわけがない。若い衆のひとりははるか遠くに恋人がいて、文字を使ってやりとりをしているという。わたしに言わせれば、そんなものは恋でもなんでもない。

 

みなの衆、よく聞け。聞かずとも、感じよ。文字から離れ、ありのままに耳を傾けよ。話されたままを聞き、理解せよ。そしてわたしのことばを切り取り歪めて伝えようなどとは、二度と提案しないでくれ。

 

話はそれだけだ。文字にだけは気を付けて、今日は楽しく過ごしてくれたまえ!」