神無き通貨 ①

伯耆国の一百姓の言:

 

日本円? ああ。聞いたことはあるな。村の若いもんの間で最近使われるようになった通貨だ。俺は使ったことはねぇし、大人連中はだれも今更乗り換えやしねぇだろうが、あいつらはずいぶん執心しとるよ。この間なんか、連中の代表が寄合に発議して、亀甲銭を廃止して日本円を中心通貨にしようと言ってきた。俺たちは日本円なんて触ったこともねぇからもちろん大差で否決されたし、発議した当人は租税をたんと積み増されたんだが、まあそれだけの覚悟あってのことらしい。

 

まあ、無理もねぇな。あいつらはまだ、通貨が変えられるもんだと信じてるんだ。だから新しいものに飛びつく。亀甲の神の権力は弱まったのだから、そんな威光に縋った通貨なんて捨てるべきだとな。

 

けれどよ。一度定着した通貨はなかなか変えられるもんじゃねぇんだ。分かるだろ? これは神様の問題じゃねぇ、人間の問題だ。人間社会は、そう簡単に通貨を取り換えられるようにはできてねぇんだよ。それが分かれば、あいつらだって諦めるだろう。

 

まあ、それも若気の至りだ。多めに見てやることに、俺はしたよ。

 

 

 

備前国の両替商の言:

 

日本円? ああ、持ってるよ。ここだけの話、うちで替えてくのが一番得だぜ?

 

え、取材だって? なんだよ、客じゃねぇのかよ。客じゃないなら帰んな。俺たちには知られたくないことがたくさんあるんだ。金も落とさねぇ奴に教えることは何もねぇよ。

 

そこをなんとか、じゃねぇよ。さあさ、そろそろ店じまいだ。

 

え、替えてくれるだって? おう、そうならそうと最初から言ってくれや。で、いくら欲しいんだい? 何十円でも替えてやるよ。は? 金は要らないから情報をよこせ? 変わった客だな。まあ、金をくれるなら答えてやるよ。

 

なるほど。日本円とはなにか、ね。考えたこともなかったが、きっと大国主様の通貨じゃねぇのかな。そんな感じの名前してるじゃねぇか。いち庶民としては、ああいう安定した神様に価値を保証してもらえるに越したことはねぇ。

 

なに、違う? おい、そのことはまだ誰にもしゃべってねぇだろうな。よし。じゃあしばらくそのことは黙ってろ。間違えてもほかに話すな、いまいくらでも喋ってやるから。日本円が大国主様の通貨ではないと世の中に知られないうちに、たんまり売りさばいてやらにゃあならん。

 

で、誰の通貨なんだ。もしかして天照様か? 天照様のなら、前言撤回だ。さらに強い保証だからな。

 

で、誰なんだ。賽銭授受を通じて、日本円を保証してくれてるのは。

 

は? バカか? 神様がいないのなら、通貨として通用するわけがなかろう。村で習わなかったのか、通貨は賽銭の奉納権だとよ。庶民は神様の通貨で賽銭を納めることでその神様に守ってもらえる、そう聞いたこともねぇのか? 覚えてねぇなら、お前はバカだ。聞いたことがねぇなら、お前の村は全員バカだ。はあ。

 

金もらっても聞きたくねぇ話ってのも、世の中にはあるもんだな。