激情 ③

「どうしてあんな成績をつけたんですか! わたしに! 優だなんて!!」

 

教授室の扉を乱暴に開くなり、彼女は教授を怒鳴りつけた。古くなった蝶番のひとつがはじけ飛んだが、構わなかった。そのまま彼女は教授室に踏み込むと、両手で机を叩きつけた。

 

彼女の提出した課題作品への評価を、きわめて不当だと彼女は感じていた。彼女はけっして優等生ではなく、そう扱われることも嫌っていた。不条理が生み出されたからには、なんとしても本人を問い質して態度を改めさせねばならぬ。いまの彼女を衝き動かしていたのはそんな、歪んだ正義感とも呼んでいい感情だった。

 

「はい?」突然の訪問者に教授は呆然とし、あからさまに困惑の表情を浮かべた。そのことが彼女をさらに憤らせた。「だから! なにをどう評価したら、あんなゴミクズに優なんてつけられるんですか!」

 

彼女は常に怒っていた。初回の授業で、はじめて教授と顔を合わせたときからすでに怒っていた。教授は嘘を教えている――最初の一言で彼女はそう感じた。つまりは、芸術に関して彼女が真実であると認識していることとは異なる内容を。真実とは受け取るひとによって異なる形をとるのだということを彼女はけっして認めなかったし、認める気もなかった。無知な学生を無知なままでいさせるためのやさしい嘘ですら、彼女にとっては許しがたいものだった。

 

だから彼女は、例の最終課題をわざと乱雑に片づけたのだった。脳波によって変形する物体に感情を注ぎ込み、成果物を提出する。彼女がやったことといえばただ、彼女自身のうちに燃え盛るありのままの怒りを、そのままあのスライムへとぶつけただけだった。教授という悪に、そして教授の存在を是認しているこの世のすべてに、絶え間のない怒りを見せつけるように。業火のような怒りで教授を挑発し、逆上させ、彼女の成績表に不可の二文字を刻み込ませるために。

 

しかしながら、彼女の怒りは通じなかった。あれが挑発であることすらも理解できない無能が芸術科の教授職に居座っているという事実が、また彼女を怒らせた。怒りに怒りをぶつけ返すことすらしない無感情な人間が、芸術を語っているのが許せなかった。

 

彼女が誰なのかをようやく理解した教授は、安心したように表情を緩めた。「……きみか。成績については心配しなくていい。きみの作品に込められた怒りは素晴らしかった。クラスでも一二を争う感情の強さ。優を与えるのにふさわしい出来だ」

 

そのセリフにとうとう、彼女の堪忍袋の緒が切れた。手近にあった観葉植物の植木鉢をなぎ倒すと、彼女は教授に掴みかかった。「違うだろ!」 襟首をつかまれ、教授の顔が歪んだ。「感情を制御しろとお前は言った! わたしはまったく従わなかった!!」 彼女の目に涙が浮かんだ。「どうして優なんてつけた! 未加工の感情を理解できずに、どうしてこんな課題を出した!!」

 

「違う、違うんだ……」教授は目を白黒させた。「きみは怒りというものを知っている、それが大切なんだ! きみは分かっていないんだ、きみの激情がいかに貴重かを! こうやってわたしの首を絞めつけられるほどの怒りを、一度でも経験したものがどれほど少ないのかを!」 そう言い切って、教授は喘いだ。「分かってくれたか……くれたならお願いだから……はやく離してくれ……」