背徳の少女 ⑦

ヴァーラが目覚めると、そこはまだ《チェルーダの心臓》の中だった。最初に視界に映ったのは、真っ黒なドレスの裾が、どこからか不思議な力を受けてたえずはためき続けている姿だった。そのドレスの主は、顔を見るまでもなく明らかだった。

 

つぎに目に入ったのは、この部屋の真っ白な壁だった。先ほどまでとまったく同じように、部屋は光り輝いていた。違うのはただ、そこにオムニカがいるという事実だけだった。

 

わたしが気を失っているあいだ、いったいどれほどの刻がたったのだろう。ヴァーラはふと疑問に思い、小部屋の偏光性の窓から眼下の街を覗いた。ヴァーラの白銀の陣形は、どうやら塔に登る前とほとんど変わっていないようすだった――すると、ほとんど時間は経っていないのだろう。

 

ヴァーラは立ち上がろうとしたが、足はまるでニーグダのスクラップのように無反応だった。這おうとしたが、両手もただ感覚を失って垂れ下がっていた。そこでようやくヴァーラは、みずからの胸の端子に、まだ機械のコードがつながったままなことに気づいた。

 

「なにが……起こったの」口が動くことに内心驚きながら、ヴァーラは最大限敵対的な口調で言った。

 

なにを……したの。

なんで……ここにいるの。

 

「あら、わかるでしょう?」天井から響くオムニカの挑発的な声には、まるで端子から直接身体に侵入してきているかのような支配力があった。「機械につながっている間は《少女》は無防備になる、っていう知識まで、あなたから削除したつもりはないわよ?」

 

ヴァーラははっとして、なにか消された記憶がないか確認しようとした。だが思い出せる限りでは、記憶はすべて健在だった。

 

……すなわち、より悪いということ。

 

わたしのすべてが書き換えられているかもしれない、そう疑う様子のヴァーラを見て、オムニカは苦々しく両手を上げた。「冗談よ、安心してちょうだい。あなたにはなにも細工していないわ。もっとも手足の自由だけは、一時的に奪わせてもらったけれど」

 

そして、つとめて猟奇的な笑顔を浮かべると、思い出したようにこう付け加えた。「もちろん、これから細工をしようと思えば、いくらでもできるわね」

 

皮肉と分かっていたが、ヴァーラは恐怖を覚えた。一刻も早く、ここから逃げなければ。ヴァーラはとっさにもがいたが、手足はびくともしなかった。だからかわりに、目の前の憎き少女にこう尋ねた。「いつから……ここにいたの」

 

「あなたがここに来た、すぐあとかしら」オムニカは答え、そして聞き返した。「そんなに不思議だった?」

 

「軍は……置いてきたの?」 ヴァーラは確認した。《少女》であるオムニカ自身は戻ってこられても、ヴァーラの街へ行った生身の軍が、この速さで戻ってこられるはずはない。

 

「置いてきた?」 オムニカはしばし逡巡した。端子をそのままにして、ヴァーラの記憶を読もうと思えばいくらでも読める状況にもかかわらず、オムニカはヴァーラがなにを誤解しているのか、しばらくわからないようすだった。それでもようやく誤解が解けると、オムニカは小さく笑った。「最初からわたしは、街を出てなんかないわよ?」

 

「じゃあ、街にも軍はいたっていうこと? それなのになぜ、わたしの進軍を止めようとしなかった?」 ヴァーラは早口でまくしたてた。まったく《少女》の行動とは思えない、街が攻められているのに、指を咥えて見ているとは! 分からない、分からない。オムニカがわたしに偽の記憶を植え込んで、わたしを混乱させようとしている、ヴァーラはそうとまで考えかけた。

 

「軍なんていないわよ。見ていたでしょう?」 物分かりの悪い子供を相手にするみたいに、オムニカはつまらなさそうに返した。「わたしは、ここでひとりよ」オムニカの視線を追うと、次の指示を待つヴァーラの軍が、ただ立ち止まって上を見上げているのが見えた。

 

ヴァーラはますます混乱した。「それなら、軍は全部向こうに? ロバーキに攻められるかもしれない、そうは思わなかったの? 街が危険だとは?」 チェルーダの守護者、オムニカ。ナーダとモーナに任せていられるほどロバーキは甘くない、それは彼女らの記憶を受け継ぐあなたこそ、いちばんよくわかっていると思っていたけれど。

 

それを聞いて、オムニカはからからと笑いだした。目の前の機械の、冷却ファンの音のように。まるで胴体を掴まれたロバーキの機械が、なににも触れない手足だけを永遠に空回ししているときのように。

 

オムニカはヴァーラに向き直ると、ゆっくりと窓の外を指さした。

 

「あら、いまの状況を見てごらんなさい。どうして危険なものですか。

だって、チェルーダを守り続けた《少女》の軍が、こんなにもたくさん待機しているのよ」