ヴァーラは両足のエンジンを噴射し、オムニカの胴体めがけて飛び掛かった。オムニカがわずかに避けると、狙いを外した突進はその脇腹をかすめた。漆黒のドレスが鋭く裂け、灰白色のメッキが鈍い光を放った。
「なにをする気?」 オムニカは言うなり、ヴァーラの足を刈った。ヴァーラは頭から窓に激突し、だがその機械の身体は壊れなかった。
「分かっているでしょう、わたしの妹なんだから」 ヴァーラは言い返し、オムニカのドレスの裾を掴んで引っ張った。切れたドレスに足をとられ、オムニカはしりもちをついた。転げたまま、二人はもつれて絡み合った。
「あら、わたしを倒したって無駄よ」 オムニカが左手を振り下ろすと、ヴァーラの肘から鈍い音がした。「殴り合いに負ければ失敗する作戦を、わたしもあなたも立てるわけがないもの」 ヴァーラは短く悲鳴をあげ、だが頭は冷静に立て直す手はずを探していた。
「それはどうでしょうね」ヴァーラが不可視化すると、オムニカは一瞬敵を見失った。ヴァーラはそのままあちこちに飛び回りながら、オムニカの隙を伺った。「戦闘中の敵のことばが信用ならないことだって、あなたもわたしも知っているでしょう」
ヴァーラが背後に回ると、オムニカはすかさず肘打ちを食らわせた。「見えていないわけがないでしょう」 だが、ヴァーラの目的はオムニカに奇襲をかけることではなかった。オムニカの肘が揺れ、体重が後ろに傾いた瞬間、ヴァーラは正面の壁へと猛チャージをかけた。
一見ふつうに見えるその純白の壁は、《チェルーダの心臓》の出口だった。「こんな殴り合いを続けるわけがないでしょう。わたしには軍がいるのよ」 ヴァーラは小さなくぼみを探し当て、指をあてた。外に出て、軍に指示さえ与えられれば、わたしが大きく有利になる。穏やかな光で満たされた壁に、扉らしき輪郭があらわれ……
そして、消えた。
不具合を疑って、ヴァーラはもう一度解錠を試した。こっちだったかしら。肘を壊された方の腕の指でくぼみに触れようと、反対の腕で肘をささえたその瞬間、ヴァーラは不穏な影を感じた。ビリビリのドレスの裾を引きずりながら、まるで滑稽な芝居のように、オムニカがゆっくりと近づいてきていた。
「『敵が忘れているかもしれない可能性を探れ』、その教訓はあなた由来のものだったのね、姉さん」 オムニカは勝ち誇ったように笑った。「残念ながら、わたしは忘れていないわよ。あなたが脱出を試みる可能性をね」
ヴァーラの動くほうの腕を抱えると、オムニカはひねりながら一気に引いた。ぶちりという不快な音とともに、ヴァーラの肩の配線が切れた。「ところで姉さん、あなたはあなたの軍で、なにをしようとしていたのかしら?」
ヴァーラは蹴り上げようとしたが、不自由な両腕ではバランスが取れなかった。悶え転がりながら、それでもヴァーラは毅然として言った。「分かっているでしょう。あなたを倒す。そしてわたしが再び、チェルーダの守護者となる」
「そのあとは? わたしの軍が帰ってきたら、あなたはどうするつもりなのかしら?」 敵が経戦不能と見てオムニカは戦いをやめ、ゆっくりとドレスをたくし上げた。その破れた漆黒のドレスは、純白の壁と完璧なコントラストをなしていた。
ヴァーラは答えた。「本物の機械を探し当てて、用意してきたプログラムをインストールする。そうすれば、あなたの軍は機能しなくなる」あらかじめ用意していた作戦に、すこしだけ修正を加えたもの。「そうなればもう、街はわたしのもの。わたしと、わたしの民のもの」
「なるほどね」 オムニカは言うと、しばし思案した。どこかで雷が鳴り、雨粒が窓を叩いた。夏の夜の湿気が部屋の中にまで浸食してきているかのような、そんな不愉快な静寂が部屋を満たした。異常を察したナーダとモーナが、外の廊下で話しているのが聞こえてきた。
沈黙を裂いたのはオムニカだった。「それなら、やっぱりわたしは正しかったようね」 重苦しいほど白いその部屋の中で、オムニカのいるその一点だけに、くっきりと澄んだ空気が流れていた。「姉さん、残念ながらあなたはもう、狂気におかされているのよ。あなたのお姉さんたちを襲ったのと、おなじ狂気にね」
「どういうことかしら」 ヴァーラは返したが、その声に力はなかった。窓の外、降りしきる雨の中から、ナーダとモーナが心配そうに中を見つめていた。
オムニカは構わず続けた。塔の先端のように鋭く、容赦のないことばを。ヴァーラの存在意義を、根源から否定することばを。
「わたしなら、あなたのようにはしないわ。
だって、わたしは。
ううん、わたしたちは。《少女》たるものは。
それが人間なら。チェルーダの住民なら。
たとえ敵の軍だって、守ろうとするものですもの」