今日はひとつ、ウミガメのスープでもやってみよう。問題は次の段落にある。
- 男はアルバイトのために、アルバイトそのものよりもはるかに疲れる作業を行った。だが、その作業には、給料はびた一文支払われないという。なぜだろうか?
イエスかノーかで答えられる質問で、答えをさぐりあててほしい。コメント欄にでも質問を書いてくれれば、つぎの更新の時に答えよう。最初に当てた人には、わたしからの精一杯の祝福と、気が向いたら粗品をプレゼントしよう。
……といいたいところだが、そんなペースで答えていてはいつまでかかるかわからないし、そもそもわたしに続ける気がない。かといって、リアルタイムで答えることにすれば、わたしは熱心な暇人たちに数時間絡まれ続ける羽目になる――過去にそうなったことがある。おなじ過ちは二度繰り返すべきではないから、答えはさっさと発表してしまうに限る。
アルバイトそのものよりも疲れるその作業の正体。それは、事務手続きである。
事務手続きはたいてい、簡単なことの積み重ねに見える。住所や電話番号を入力する。書類を印刷する。顔写真を貼る。それらをまとめて郵送する。これらはすべて、誰にでもできることだ。いや、特殊技能を求めてしまえば、それはもはや万人向けの手続きではない。
だが、じっさいにやってみると、事務手続きはすごく、つかれる。所属先の住所は覚えていないから、いちいち調べる。添付ファイルはエラーを吐き、拡張子を変えればエラーが消えることになかなか気づけない。両面印刷は、両面とも同じ面に印刷する。顔写真のデータは見当たらない。プリンターのインクがなくなる。切手を貼り忘れる、書留用のお金を持たずに郵便局に行く。これらすべてを突破してなお、予想外の不備で突き返される。
だからわたしは、事務手続きがきらいだ。この世からすべての手続きが消えてなくなればいいと思っている。およそどんなことにもいい点と悪い点があるが、事務手続きだけは例外だ。天国があるとすれば、それはすなわち、事務手続きのない世界のことだろう。
しかし、つい最近気づいたのだが。
どうやら、この世には、わたしの好きなタイプの手続きが存在するようである。
いまいちど、なぜわたしが手続きがきらいなのかをふりかえってみよう。毎度毎度、微妙にやることが違うから? 簡単に見えるのに、失敗し続けるから? わたしはわたしだとわたしは知っているのに、契約者にそう伝える手段があまりにまわりくどいから? どれもただしいが、いちばんは、自分のペースでものごとが進まないからだろう。
事務手続きは基本的に、一本道だ。道中にはさまざまな障害があり、そしてその障害をさけて通る方法はない。顔写真を貼る欄には顔写真を貼らなければならず、もしかりに最近撮影した顔写真を持っていなかったとしても、飼い猫やラーメン二郎の写真でごまかしてはいけない。
だから、事務手続きには工夫の余地がない。言われたことを言われた順にやる。これ以外にはどうしようもないのだ。道は定められており、それ以外は全部通行止めだ。
でも、もし、ほかの道が通行止めではなかったら?
否。ただしい道にすら越えられない障害があるせいで、ほかの道を通らざるを得なかったら?
じっさいにわたしに起こった話をしよう。わたしは最近、携帯電話回線の乗換を試みた。様々な事情で失敗し、いまは携帯回線がつながらない状態になっている。どうにかするためのウェブ上での手続きには、認証コードを SMS で受け取るのが必要で……でもその回線がつながらないときた。そう。お察しの通り、詰みである。
この状況を突破する方法。これはもう、通常の手続きではない。どのウェブフォームも、こんな状況まで網羅してはいない。そもそもなんでつながらないのかも分からないから、どこに連絡してなにを聞けばいいのかも分からない。
そんな状況で、それでも回線をどうにかする方法。いろいろとしらべて、いろいろな人にいろいろな質問をして。いまどういう状態なのかを理解して、連絡先と質問を考え付いて、じっさいに試してみる。もしうまくいったら、すこし喜んでから次に進もう。おおかたの場合はダメだから、質問を考え直すことになる。
……さて、このプロセスは、なにかに似てはいないだろうか?
わたしが楽しめる何かに。
話はここで、冒頭に戻る。
そう。ウミガメのスープ。
そう、あるかも分からない道を求めつづけるこの手続きは、結局のところ、パズルなのだ。
冒頭の問題を改題しよう。男はアルバイトのために、アルバイトそのものよりもはるかに疲れる作業を行った。その作業には給料はびた一文支払われなかったが、男はそれを楽しんだ。なぜなら、その作業はあまりに複雑で、自力で算段をつける必要があったからである。
もし。もしも世の中の手続きがはるかに複雑で、なにをするにも、つぎの一手を自分で考えなければならなかったら。そんな世界はめちゃくちゃだろうが、おそらく、わたしはその世界を気に入るだろう。
日常は、パズルにあふれている方が、面白いからだ。