救国の桃太郎 第三話

眼前の異様な光景に、老夫婦は氷柱が如く凍り付いた。

 

ことは半刻前に遡る。帰宅とともに、老夫の耳に不吉な赤子の泣き声が響いた。老夫の記憶では、隣近所には赤子も妊婦もなかった。そのため、老夫は捨て子を疑った。疚しき原因で身ごもった誰かが、いやしくも誰にも打ち明けぬまま産気づいた、というわけである。

 

老夫妻は長年にわたって、人を愛してはとても務まらぬ職を勤め上げてきた。街には捨て子など溢れかえっていたし、革命を前にして彼らを保護する余裕などなかった。だから、たとえ老夫が捨て子を天へと帰るままにしようとも、全く驚くべきことではないのだ。

 

にも拘わらず、老夫には依然善良さが残っていた。老夫は教会に届けるため、驚嘆すべき博愛をもって捨て子を探した。

 

声の主を辿ると、それは自身の家の倉庫だった。慎重に倉庫の扉を開くと、不吉なほどに明るいピンク色の何かが転がり落ちた。見まごうまでもなく、それは普通の桃だった――老夫の腰ほどの高さがあることと、赤子の声がすることを除けば。

 

この田舎に溶け込むためのたゆまぬ努力にもかかわらず、二人は未だこの恐るべき衆人環視の体制に慣れていなかった。すなわち、老夫妻の倉庫には鍵がかかっており、物を出し入れできるのは二人だけだった。老夫は昼寝中の老妻を叩き起こし、桃について問い質した。「おい、お前、倉庫のあれはなんだ」

 

「なにって、桃ですよ。川に流れてきたから、拾ってきたんです。立派な桃ですから、今夜あなたといただいても、とても食べきれやしないでしょうね」草木の風に戦ぐが如く平静さで、老妻は答えた。

 

「食うだって? 赤子は?」老妻の平静さに、老夫は動揺した。

 

「赤子ですって? 何のことでしょうか」老妻は寝ぼけ眼をこすった。

 

「聞こえないのか? あの声が」老夫は訊ねた。

 

「聞こえませんとも、何も。いったい、どうしてうちに赤子なんているんです?」そして老妻は、窓枠に座る人形の影の長さに気づいた。「あら、お食事のお支度の時間ね」

 

老妻の言う通り、赤子がいる道理はなかった。ましてや、桃の中とあっては。老夫の耳には未だ赤子の不協和音が鳴り続けていたが、彼は努めて、真夏の暑さの聞かせる幻と思い込んだ。

 

しかし料理のため老妻が桃を持ってくると、やはり赤子の声の轟きは確実に老夫の正気を貪った。どちらの気が触れたにせよ、とても尋常な状態ではなかった。老夫は耐えきれず、ついに異様な叫び声を上げると、芝刈り用の鎌を桃をめがけて投げつけた。