救国の桃太郎 第四話

老夫婦の眼前で、桃は不気味なほどにまっすぐ、垂直に割れた。赤黒い液体がデザートのソースの如く流れ出し、土の床を赤く染めた。銑鉄の異臭に、老妻は顔をしかめた。

 

しかし老夫を凍り付かせたのは、異臭でも断面の不自然さでもなかった。桃の中、赤子の額に、先ほど投げつけた鎌が深々と刺さっていたのだ。傷口から今なお流れ出す赤黒い血液は、老夫に革命前最大の市街戦を思い起こさせた。

 

あのとき彼は、動かない赤子を抱えて野戦病院に佇む血だらけの母親を見ていた。赤子の血と母親の血が混ざりあい、両者の傷口を汚していた。衛生のために医師が二人を引き剥がそうとしたが、母親は半狂乱で抵抗した。戦場ではよくある光景、だがこの光景はなぜだか、今も老夫の心にこびりついて離れないのだった。

 

そして今回は、あの時よりはるかに不気味だった。額の傷にも構わず、なんと赤子は、異常な大声で嗤っていたのだ。まるで人生そのものを嘲笑うかのように。

 

老夫はかろうじて老妻に命じ、包帯を持ってこさせた。老妻は怪訝な顔を浮かべたが、言われたとおりにした――老妻は、他人の幻覚は否定できぬと心得ていた。老妻が薬箱を漁る間ずっと、老夫の視線は赤子の額の一点に集束していた。

 

老夫は震える手で包帯を受け取った。その一瞬だけ、老夫は赤子から目を離した。再び視線を戻したとき、眼前の光景のありえなさに老夫は悲鳴を上げかけた。赤子の額の傷は、跡形もなく消え去っていた。そしてその代わりに赤子は鎌を掲げ持ち、死神のような声で嗤っていたのだった。

 

「……なんだ」どこからともなく、聞き覚えのない甲高い声が不気味に響いた。老夫があたりを見渡すと、老妻もまた声を聞いたようで、同じようにあたりを見渡していた。

 

「これは、なんだ」声は赤子の方向から聞こえた。声の主は赤子自身だという奇妙な確信が、毛羽だつ糸で二人を結び付けた。老夫婦は怖気づき、おそるおそる同時に振り返った。

 

赤子は鎌の先端を、身体を包む粘液の源に向けていた。あまりの不気味さに老夫の足は崩れ、膝が床の土に埋もれた。老夫はうわずる声で、皇帝に呼ばれたが如く畏まって答えた。「桃、でございます」

 

「そうか」震える二人とは対照的に、不遜極まりない態度で赤子は続けた。

 

「ならば、これより私の名前は、桃太郎だ」