同相 ➄

 まるで万華鏡のように、世界が回転しはじめた。

 

 両方の手がフライドチキンに触れた、その瞬間だった。吸い込まれるような感覚が両腕を伝って、男の全身を駆けた。あたたかくも冷え切った、やわらかな刺激がそれにつづく。身体が軽くなり、足が宙を掻き、ついで消え失せた。

 

 通常の感覚と言えるものを、男は感じていなかった。先ほどまで二の腕を締め付けていた金属弁の感触はとうに消え失せており、それどころか、その奥に引っかかっているひじのごつごつとした痛みもなかった。というか、両方のひじそのものがなかった。男の腕はいまや金属のようになめらかな曲面であり、関節という特異点を持たなかった。それと同時に全身に本能的に感じるのは、粘土のような可塑性。いまやかれは、ポストに両腕だったものを持っていかれながら、全身を自在に動かすことができた。

 

 ポストのほうもまた変形していた。ふたつの投函口が構成するトポロジー的にはひとつの穴は、もはやもとのようにいびつな形状をしていなかった。大小の細長い長方形であった金属の口は、不定形にぐにゃぐにゃと曲がり、なめらかな断面を構成した。ほどなくしてふたつに見えた口は、もはや赤く塗られた外面とも、もとは内面と呼ばれていたらしき未塗装の外面とも、区別がつかなくなった。男がドーナツかあるいはコーヒーカップであれば、ポストもまたそうであり、ふたつのトーラスは絡み合い、やわらかで変形自在で、だがけっして解けることのない鎖を形成していた。

 

 そしてそのすべてもまた地面との接続を失い、宇宙と区別のつかないその空間に、銀河のようにひとりでに、曖昧でいながらにしてがっしりとした組合せで浮かんでいた。

 

 むろん、男はポストではない。同じように、ポストも男ではない。ふたつは連結ではなく、けっして同一の物体を構成することない。だがポストと男は同相であり、もはや区別などつかないように思われた。そしてそれらが絡み合ったままけっして離れることはできないということは、この世のあらゆる数学の定理と同じく、はっきりと疑う余地なく明確であった。

 

 アスファルトの地面に、二通の封筒が落ちた。端を封じられた長方形状の数枚の紙の束であり、切手はあるが消印はなく、片方は目を凝らせば内部が透けて見える、なんていうことのない粗末な便箋。ポストの内部とも呼ばれた外部にあったそれらの封筒は、いまも変わらず、ポストの外部にしっかりと存在していた。