科学の定義 ⑥

 魔法とは別の体系を持つ科学である、という視点を昨日は紹介した。

 

 逆に考えるとどうなるか。魔法の目からすれば、科学とは別体系の魔法である、ということにもなる。

 

 科学という概念の理解のため、そういう目で科学を見てみよう。きっとそれはある種の憧れと、同時に軽蔑とがないまぜになった視線だろう。わたしたちは魔法の世界に憧れるのだから、魔法の世界もまた科学に憧れる。わたしたちが魔法を非科学的だと考えるのだから、魔法使いが科学を「非魔法的」だと考えている、というのもまた自然な想定である。

 

 魔法は科学に憧れるとして、それはどういう点か。つまり科学世界のどこが魔法世界より優れているか。科学の不自由さに慣れていると、そんなものは存在しないようにも見える。ほんとうにそうだろうか。

 

 この世界はしばしば、魔術ファンタジーの世界よりも便利である。たとえば魔法使いはいまだに箒で空を飛んでいるが、わたしたちはより巨大な飛行機を使う。それは箒と違って一度にたくさんの人間を輸送できるし、なによりスピードが速い。箒で大西洋を横断する魔法使いは聞いたことがない。

 

 あるいは飛行機を代替できる魔法もあろう。巨大かつ安定したポータルを作り出し、東京とロンドンとブエノスアイレスをつなぐのだ。だがそういう魔法にはたいてい、とてつもなく強力な魔力が必要になる。そういうことができる魔術師はきわめて少ない。あるいはすでに死んでいて、ロストテクノロジーになっている。

 

 また意外なことに、この世界は魔法ファンタジーより危険でさえあるかもしれない。というのも、核兵器より強大な魔法などそうそうないからだ。そういうことができるのはやはり、ごく少数の伝説級の魔法使いしかいない。押すだけで都市を丸ごと呪えるボタンなんていうものは、そう簡単に存在できない。

 

 またあるいは。科学のインフラを使うには技術がいらない。科学の世界ではコンセントを挿せばエアコンがつくし、冷蔵庫も洗濯機も回る。スマートフォンを操作すればメールが送れるし、チケットを買えば電車や飛行機に乗れる。サイエンス・フィクションの時代に行くなら、ヘッドマウントディスプレイをかぶるだけでありとあらゆる情報を表示できる。魔法の世界にもそういうものはあるが、魔法を使えない人間にとってそれは、たぶん科学より不親切である。

 

 つまり。魔法から見て科学とはきっと、ひじょうに属人性の低い場なのである。