科学の定義 ④

 思考実験をしよう。ほんとうに魔法を使える魔法使いが現実に現れたなら、科学はいったいどんな反応をするのか。

 

 陳腐な仮定ではある。だがわたしは、どうもこの問いの中に、科学を特徴づけるなにものかが潜んでいるような気がしてならないのだ。

 

 始めよう。その自称・魔法使いがたとえば、目の前の魔法の羽を宙に浮かべて見せたとしよう。まず科学はその裏を疑う。超常現象を起こしたように見えているだけで、実際は既存の科学現象を使ったある種の手品なのではないか、というわけだ。

 

 もちろん手品ではない。魔法使いは魔力で羽を浮かべている。羽に異常がないことを認めた科学者はつぎに魔法使いに頼み込んでいろいろな環境に置き、どんなものなら浮かべることができるのかを分類しようとする。結論は単純で、魔法使いが極端に疲れている場合を除いて一定以下の質量のものを持ち上げられること、そして持ち上げるものが重ければ重いほど彼の心拍数が上がるということなどを、それぞれ確かめる。

 

 それらの実験結果を魔法使いは最初から知っている。自分の意思で浮かべているからだ。知っているのだから実験はやめろ、疲れるだけだと彼は何度も主張するが、科学者は聞き入れない。これは科学ではなく魔法なのだという主張も流される。しかしながら魔法使いは人格者であり、自分がなんの信用もないモルモットにされていると知りながら、それでも協力してくれる。一部の科学者はそのことに感謝し、残りの大多数は、科学の発展のための当然のプロセスだと考える。

 

 気が済むと理論屋が頭をひねり、魔法と行為者が呼ぶ新現象を説明する科学理論を打ち立てる。応用化学者がそれにつづき、その新理論を使った新しい技術を考える。並行して非魔法使いの被験者が集められ、新理論が示唆する魔法の使いかたをもとに、さまざまな訓練を受けさせられる。当然うまくいかないので、とうの魔法使いに指示を仰ぐ。

 

 運良くうまくいったとしよう。世に魔法使いがすこし増えた。そこで科学者たちはだれかに魔法を覚えさせることの倫理的な是非を議論しはじめる。あるいはこれはもっと前から行われているかもしれず、その場合、魔法使いの増殖実験はひっそりと行われていたということになる。

 

 そして倫理よりも利便性が勝てば、魔法は大手を振って科学の一部になる。魔法とは実用性に特化した力であるから、簡単に世の役に立つ。まだ解明されていない新たな力を用いた技術の社会実装である。魔法ブームが到来し、予算がたくさんつく。