オブジェクティブ ③

 ファン垂涎のチケットを手に入れておきながら、ぼくはいまいち、この熱狂に乗り切れていない。

 

 ひとつにはそれは仰角の問題である。地球上での屋内ライブで、チケットの安い二階席からの眺めがあまり良くないのと同じように、地表面のちょうど法線上に位置しているせいで原理上真上からしかステージを見ることができないこの特設会場からでは、どうやってもアイドル達の頭頂しか見られない。望遠鏡の超倍率可変倍率レンズを調整して視界を調整したところで、彼女たちがライブ中に真上を向いてくれない限り、つむじの解像度が上がるだけである。

 

 もうしばらく待ち、地球が何十度か自転してくれればあるいは顔が見えるかもしれない。だが浅すぎる角度では地球大気の屈折が邪魔になるし、そもそもそのころにはライブは終わっている。

 

 ぼくが乗り切れないもうひとつの理由は、言うまでもなく物理的な距離である。というのも、オタクとはとにかく、アイドルに近づくことを望むのだ。そのために高い金を払って曲やグッズを買いあさり、握手券を手に入れたりする。地上ライブでもなるべく前の席を取りたい。街中で偶然見かけたときの声のかけかたについて、日夜イメージトレーニングに励んでいる。

 

 それなのに。あろうことかここは五光年の彼方である。いくら直接視線が通せるとはいえ、地球上で普通に生活していればまず間違いなくもっと近くにいるはずなのだ。歯がゆい思いをするのは当然だ。

 

 そしてだれもが分かっているにもかかわらずあえてだれも言おうとしない第三の理由は、どうことばと特殊相対性理論を弄して言い繕おうとも、これが実際にはリアルタイムのライブと呼べるようなものではない、ということだ。

 

 つまるところ、主催者の用意した物語に反して、そしてぼくたちがしきりに口にして縋りつく言い訳に反して、発された光を数十ナノ秒後に観測することは、同じ光を五年後に観測することと比べて本質的に異なるのである。

 

 しかしながら。ぼくにはもうひとつ、個人的な理由がある。より大きな理由。それは。

 

 ぼくがわざわざこの場所に来たのは、千代田ピアシスの最後の野外ライブを五年越しのリアルタイムで見るため、ではないからだ。

 

 ライブはあと二時間で終わる。だがこの会場は二時間では閉じない。興奮した群衆をハコの外に出すというのは、地球でも宇宙でも変わらず大変な作業である。つまりライブ終了後数十分間のあいだ、ぼくは会場を追い出されず、この超高倍率の望遠鏡を使い放題だ、ということになる。

 

 そしてぼくは、その時間に事件が起こると知っている。