カンニバル食堂 26

足元の流れに逆らいながら、ステファンは進んだ。天井のセンサー付きのライトが、ベルトコンベアとは逆順に点灯し、ステファンの行く先を照らしていた。上に行く枝分かれも無数にあり、おそらくそのすべてが、どこかの部屋か、あるいは監獄につながっていると思われた。

 

はやく戻らなければ。ボブとアンナのもとへ帰ることしか、いまのステファンは考えていなかった。閉じ込められ、脱出しようとあの手この手を尽くした部屋に、帰ろうと志すのはいささか奇妙だった。

 

だが、それでもステファンは直感していた。ふたりを置いて逃げるわけにはいかない、と。このまま脱出口を探すより、戻ってから出直すことの方が、はるかにただしい行動だと。

 

「……いや、違う」 ステファンはつぶやいた。「わたしは正義のヒーローに憧れたりなどしない。目的はあくまで逃げることだ。だから、わたしはいま、逃げるべきだ」

 

だが、ステファンの身体は、まったくその原則通りに行動しようとはしなかった。

 

目の前に分かれ道があらわれた。いや、コンベアの流れる方向から言えば、合流だと表現したほうが正確かもしれない。とにかく、ステファンは選ぶ必要があった。例の部屋につながるかもしれない道か、それとも永遠の迷走への道かを。

 

ステファンは分かれ道を見つめ……そして今回ばかりは、冷静だった。左の分かれ道のコンベアは、ステファンの進行方向へと流れていた。彼が戻っている以上、そちらは正解ではない。ステファンは右へ進んだ。

 

不安。ステファンの行動原理は、おそらくそれだった。ステファンは奇妙に思った――不安とは、ここに来て初めて感じるべきたぐいの感情だろうか?

 

ステファンは思い返した。リチャードの店に行ったとき、ステファンは不安を覚えなかった。そこは普通の肉屋だったから。この工場に来るとき、ステファンは不安を覚えなかった。人肉が人肉を生むという、ありえたかもしれない奇妙な生態系の中に、ステファンは組み込まれていなかったから。

 

捕まって、あの部屋に閉じ込められてなお、ステファンは不安を覚えなかった。出られないことを確信していたから。例の部屋の荒涼は完全に単純で、わからないことなど何もなかったから。

 

だが、この無数のコンベアの蠢きは、否応なく彼を不安にさせた。見渡す限りの重厚な機械。どこへつながっているかもわからない、無限の出口。隙間なく埋め尽くされた不規則は、天地開闢以前からの歴史を封じ込めた時空の迷宮のようだった。自由も拘禁もなく、ただ亡霊のように、永遠をさまようのみ。

 

砂漠に人類の起源を探すように。ひとつだけある正解を求めて。

 

ふたたび分かれ道があらわれ、今度はどちらも同じ向きだった。ステファンは不安を身にまといながら、その片方を進んだ。どちらにせよ、進まなければたどり着けないのだ。

 

ステファンは歩み続けた。道がただしい確率は、分かれ道を選ぶたびに指数的に損なわれていった。だがいま、そんな数学など無意味だ。なぜなら、探し当てるしか選択肢はないのだから。

 

そうして不安は、しだいに絶望へと変わっていった。