カンニバル食堂 ④

サンフランシスコ行きの飛行機までには、まだ二時間ほどの猶予があった。ステファンは手荷物検査を済ませると――いい加減な検査官で、ステファンは愛用のペーパーナイフを失わずに済んだ――ラウンジの柔らかな椅子に腰を落ち着けた。はす向かいの席には成金風の女が座っていて、仔牛の肉を加工してできた軽食をたしなんでいた。

 

この場所に、人肉が並ぶことはないのだろう。ステファンはぼんやりと、ビュッフェのカウンターを眺めた。ここに来るたびに、ステファンは同じ思いを募らせていた。

 

彼は自分の仕事に誇りを持っていた。そして、人肉食の普及に並々ならぬ心血を注いできた。だがその誇りも努力も、彼のまわりの人々との間には、ただ埋まらない溝を生み出すばかりだった。この会員制ラウンジに入れるような人々は、人肉食を、端的に言って嫌っている。そんな人々を、まぎれもなくステファンの属する社会階層の人々を、ステファンは内心軽蔑していた。

 

彼らはいつだって、自分たちの感性に盲目だ。だがさらに悪いのは、彼ら自身が信じているものを、感情ではなく理性だと錯覚していることだ。「わたしたちは柔軟な価値観を持ちます」と自称しながら、彼らは、はっきりと目の前にある人肉食という選択肢を、端から野蛮だと決めつけて検討しすらしない。

 

ヒトの子宮内で胎児に施す特殊処理などより、二歳にまで成熟した牛の首を刎ねる行為のほうが、はるかに残虐だというのに。

 

息が詰まる思い。ラウンジに来るたびに、見せつけられる現実。だがそれでも、ステファンはここに来る。それはひとえに、彼の身体が柔らかく快適な椅子を求めているからに他ならない。

 

そして人間が人肉を食べるのは、ひとえに人の身体が、あのスパイシーな香ばしさを求めているからに他ならない。

 

同胞の肉の味に、人類が目覚めたのは最近のことだ。ほんの数十年前まで、人肉は不味いと信じられていた。誰も食べたことなんてないのにも関わらず、食べられたものではないという誤情報だけが、この地球を毛細血管のように覆っていた。

 

もちろん、そんなのは真っ赤な嘘だ。たしかにただ焼くだけだと不味いのだが、高圧下で調理すれば、人肉は見違えるように美味しくなる。ステファンは若い頃、ずっと不思議だった――この貪食なる種族、どのキノコが人体に毒なのかをすべて知っているような種族が、こんな身近な美食に気づかなかったことに。

 

だが今ではぼんやりと、その理由が分かる気がする。

とりわけ、このラウンジでは。この思考のない、かたちだけの柔軟性の中では。

 

イアホンに目覚ましをセットすると、ステファンは目をつぶった。どう転んでも、いつもと同じ着地点へと行きつく思考。出発まではまだ長い。だから、いつもの不満を再確認するより、このあとの大仕事のために体力を温存しておく方がずっといい。