救国の桃太郎 第二話

川面の鴨の飛び立つよりも速く、老妻は桃の拾得に取り掛かった。悠長な思考より迅速な行動を。革命前最後の十年で、老妻はこの教訓の味を嫌というほど噛みしめてきた。

 

老妻は手近な枝を拾い、洗濯用の網を先端に括り付けた。洗い上がった肌着が岸辺の汚泥に散ったが、構わなかった。老妻は上流に走り、即席の棒網を桃へと投げつけた。

 

正確無比な照準は確かに桃をとらえ、だが棒網の継ぎ目がその勢いに耐えきれなかった。右手の棒をよそに、桃は網を絡めて流れ去った。だが、反政府軍との絶望的な戦闘を幾度となく潜り抜けた経験は、老妻に不屈の精神を植え付けるには十分だった。

 

人のものとは思えぬ獰猛な咆哮とともに、老妻は下流へと駆けた。真夏の水流は速く、だが老妻の鍛え抜かれた両肢の連関はその上を行った。やがて老妻は釣用の桟橋に至り、間抜けな若い釣人から竿をふんだくった。釣人は何やら喚いたが、竿を奪われた不服を言葉にすらできぬ愚鈍さこそが、彼を無職たらしむ要因だった。

 

老妻は針を川面の高さに合わせ、桃を待った。ほどなくして川面がピンク色に染まり、釣針が桃を包む網をとらえた。老妻は瞬時に糸を巻いた。網は桃を完全にはとらえておらず、桃は空中で網から転げ落ちた。だが老妻の刹那の集中力は、物理法則すらも上回った。老妻が目一杯竿を引くと、桃は荒々しく桟橋の上に落ちた。

 

成功の興奮のさなか、それでも老妻は思慮深さを失っていなかった。老妻は釣人に非礼を詫び、仮に桃が美味であれば分け与えると約束した。釣人はわけも分からぬまま、だが老妻の言葉を喜びとともに受け入れた。この謙虚さこそ、堅物の村民らをして老妻を同胞に迎え入れさせた態度だった。

 

帰り道、老妻は何やら赤子の泣き声のようなものを聞いた気がした。だがそれが神の啓示にせよ、それとも猛暑の魅せる幻にせよ、身体の疲労は老妻からすべての思念を押し流していった。