追憶 side: ハルカ 後編④

「あら、ずいぶんと遅かったようね」嘲笑うような女の声が、図書館の薄闇に不協和音を奏でた。振り向くとそこは壁で、もうひとつの光源の中で小柄な女が狡猾な笑みを浮かべていた。女の右手には槍が握られていて、先端の金属が病的な青白さできらめいていた。女のもう片方の手には、ランタンの炎が小さく揺れていた。

 

「あなたは?」混乱の中、私は言った、そして言ってから気づいた。先ほど私を狙おうとして、サロエにすくい投げられた女。よく見ると、女の額には真新しいあざがあった。

 

「あの大女には感謝するわ。まさか、武器があるって自分から教えてくれるなんてね」女の声はあまりに楽しげで、仲間が殺されたとは知らないのだと私は思った。

 

そう、私は先を越されたのだ。サロエの声を聞いたのは私だけではなかったから。

 

「その槍で、何を……」混乱したままの私の声は、槍の一閃に遮られた。すんでのところで私は避け、金属の先端が棚を突いた。本が数冊落ち、見開きのページが地面に潰れた。

 

「決まってるじゃない。あの大女の分厚い内臓を貫いてやるのよ」女は猟奇的に言った。言葉が残酷であればあるほど、女の唇は嬉しげに歪んだ。そしてしばし考え込むように、女は左手のランタンを弄んだ。「それで、そうね。ここは燃やしてしまおうかしら」

 

ここを、燃やす。ついでのように発されたその言葉が、私を我に返らせた。殺人の余韻はまだ両手に残っていた、だが図書館が燃えるのは喫緊の課題だった。私はかっとなって食いついた。「何のために、燃やすんです」

 

女にとって、この反応は意外なようだった。「あら、ここがそんなに大事?」女の口角がはっきりと上がり、槍の先端が床の本をつついた。背表紙が割れる音が、私の耳を不気味に責め立てた。女はランタンを床に置き、ポケットからマッチを取り出した。「だったら、なおさら燃やしてあげなきゃね」

 

言い終わるや否や、女はマッチを擦って床に投げた。それは床に落ちた本に引火し、埃を巻き上げて黒い煙を上げた。私は夢中で、本を女の足元に蹴った――そのあたりは壁で、燃えそうなものはなかった。

 

「あら、なかなかやるじゃない」足元で燃える本には構わず、女は次のマッチを擦った。私は身構えたが、女はただあたりを見回して投げるふりをするだけだった。私を挑発して楽しんでいるだけ、そう頭では分かっていたが、私は反応をやめられなかった。

 

「やめて!」私は耐えきれなくなって、女の左手をめがけて突進した。女は驚いた表情を浮かべ、だが振り上げられた槍の切っ先は正確に私の太腿をえぐった。「痛っ!」私は転がされ、床の本の表紙がべったりと血で汚れた。それでも私の目は、しっかりと女を睨みつけ続けた。

 

「私は殺してくれていい、でもここには触らないで!」ほとんど半狂乱で、私は叫んだ。なぜだかは分からないが、図書館を守るのは私の義務なような気がしていた。私は這ったまま突進し、槍が二つ目の傷を腕に作った。

 

女の顔が殺意に歪んだ。三度目の攻撃が私の顔を狙い、それは肩に当たって新たな傷を作った。「あら、それで罪を償ったつもり? 殺人鬼さん?」

 

私ははっとしたが、口をついて出た言葉は真逆のものだった。「そうよ、私は殺人鬼よ! あなたも道連れにしてあげるわ!」私は槍の柄を掴もうと試み、だが私の手は宙を掻いた。

 

私は無防備で、次の攻撃をよけられる見込みはなかった。私は死を覚悟して目をつぶった、だがいつまで経っても攻撃の気配はなかった。おそるおそる目を開けると、女は温和な笑みを浮かべていた。初めて見る表情だった。

 

「それなら私たち、仲良くなれるかもしれないわね」四度目の攻撃、だがその牽制のための突きに殺意はこもっていなかった。女はマッチを置き、足元の本を踏んで火を消した。「あの男、嫌なやつだったわ。あなたが殺してくれて、私はせいせいしてるの」

 

 女は槍を壁に立てかけ、床にへばりつく私の手を取った。私は女の手を握り、身体を起こした。全身の傷が痛んだ、だが彼女は私が立ち上がるまで辛抱強く待ってくれた。

 

もはや私たちは仲間だった。「これが私、なんでしょうか」女に肩を預けながら、私は力なく呟いた。「知らない人を、躊躇なく傷つけるのが」

 

「受け容れるのよ」しばらく考えて、女が言った。「むき出しの殺意を、嗜虐心を。そうすれば、自由になれるわ」

 

「そう、なんでしょうね」互いのランタンがぶつかり、ひとつの旋律を奏でた。私の腕から血が滴り、彼女の靴を濡らした。住む世界はこんなにも違うけど、間違いなく、彼女は私の初めての友達だった。「そうだ、名前を教えてもらってもいいですか」

 

しかし、その問いに答えが返ってくることはなかった。不気味な気流を感じて隣を見ると、サロエの槍が女の頭をまっすぐに貫いていた。