追憶 side: ハルカ 後編③

サロエの反応は素早かった。最初の一閃で、サロエの右腕が男の顎を砕いた。彼女はそのまま男の髪を掴み、乱暴に階段に引きずり落とした。男の身体が目の前を転がり落ち、靴が慣性のままに飛んで私の顔をかすめた。

 

続く左腕の一撃は、後ろの無防備な女の腹を貫いた。女はたっぷり五メートルほど飛ばされ、棚に激突して大きな音を立てた。

 

サロエは強かった。サロエが足を振り上げると、階段の上の男が股間を押さえてうめいた。サロエは俊敏だった、その巨体からは想像もつかないほどに。サロエのあまりの強さに委縮した少年を、彼女は容赦なく放り投げた。

 

だが、敵は多数だった。おまけに敵は上を取っていて、階段で戦うサロエと違って安定した足場があった。何人もの敵を吹き飛ばしながらも、サロエはだんだんと押されていった。股間を蹴られた男の手がサロエの足をひっかき、降り積もった埃に赤い痕を残した。

 

突然の戦いに、私は動けなかった。サロエが戦う間、私はただ階段にうずくまっていた。肉のぶつかる一音一音が私の判断力を奪い去り、敵の悲鳴の一語一語が私の心臓を引き裂いた。埃が舞い、私の眼球を静かに襲った。

 

小柄な女が狡猾な表情を浮かべ、サロエの横を抜けようと駆けた。私を狙う気だ、本能的に私はそう感じた。サロエは気づき、とっさに右手で女の足をすくいあげた。女の身体はよろめいて盛大に階下に落ち、だがその隙に、目の前の男の拳がサロエの頬を突いた。サロエはバランスを崩し、だがぎりぎりで手すりを掴んで踏みとどまった。

 

「ハルカ!」サロエが叫び、足元のランタンを蹴落とした。光が揺れ、戦いの始終をこまぎれに照らした。「中に武器がある! 取ってこい!」

 

私はランタンを掴み、夢中で階下へと駆けた。やることがあるのはありがたかった――ましてや、戦いの現場から離れられるとあれば。段差にぶつけた脛が疼き、私は転びかけた。ひときわ大きく響く肉の音に私は振り向いたが、暗闇に人影の区別はつかなかった。なんとか階下にたどり着くと、鍵は扉の前に落ちていた。

 

私は鍵を拾い、震える手で鍵穴に差し込もうとした。その時だった。悪夢のように冷たい感触が私の足首を襲った。不揃いな歯が足元でちらりと光るのを私ははっきりと見た、そして一瞬の後、私はうつぶせに引き倒された。腹が地面にたたきつけられ、胸郭に内臓が跳ねた。

 

「ハルカ!」サロエの声、だが答える余裕はなかった。太腿に生温かい感触を覚え、私はとっさに仰向けに転がった。足元を見ると、最初の男が這って近づいてきていた。その血走った目には残忍な殺意が浮かんでいた、だが殴り飛ばされた衝撃からか、その視線は宙に浮かんでいた。

 

私は両手でランタンを掴むと、精一杯の力で男の頭に打ち付けた。最初の一撃で男の動きは止まり、次の一撃で男は崩れ落ちた。自分でも驚くほど、躊躇はなかった。私は起き上がると、ほとんど本能だけで男の首を絞めた。自分のしていることは分かっていた、でも止まれなかった。男の苦悶の表情が消え、手足のじたばたが収まってなお、私は手を離さなかった。

 

両手の力が尽き、私はようやくその場にへたり込んだ。男の身体はぐったりと動かず、両腕の周りには埃を掻いた跡があった。サロエが私の名を呼んだ、だが私には他人事のように思えた。どんな光景も、どんな言葉も、いまや私の心の表面をただ曖昧に撫でるだけだった。

 

「ハルカ! おい!」何度目かに呼ばれ、私はようやく自分の使命を思い出した。そう、中に武器を取りに行くこと。上で鈍い音がして、サロエが苦悶の声を上げた。だが少なくとも、まだ戦えているようだった。

 

「今……いきます、いま、いま……」私は再びランタンを掴むと、ゆっくりと立ち上がった。亡霊のように揺れる足取りで、私は扉を通った。いまは何も考えられなくて、だから私は、鍵が開いているのを疑問に思わなかった。

 

私は呆けたようにそぞろ歩いた。武器を見つけなければ、そう告げる理性とは裏腹に、私の目はただ虚空を見つめていた。棚を埋め尽くす本にも、今の私は一切そそられなかった。

 

蜘蛛の巣に顔がかかり、だが私はそのままにした。上階の物音が、はるか遠くのことのように聞こえた。ただ両手の疲労だけが、生々しい罪の感覚をかろうじて告げ続けていた。