木造宇宙 ①

「たとえばこの階段な、そう、このいかにも古そうな階段さ、ここに右足を載せてよ、ぐーっと体重をかけていったなら、きっとなにが起こると思うかい?」 耳元から聞こえる憑かれたような声に、ぼくはびくりとして後ずさる。

 

声の主である先輩の表情は、この暗がりではよく見えない。先輩が意図したいこともやはり分からない――先に進めと言っているのか、それとも引き返せとほのめかしているのか。けれどきっとあのひとのことだ、とぼくは思う。なにを意図しているにせよ、見られていないと分かっていてなお平然と表情を殺して、まるで俺だけは何の心配もしていませんというふうに、のんびりと腕でも組んでいるに違いない。

 

「すぐに階段は悲鳴を上げるのさ。慎重に慎重に体重をかけていって、ああ大丈夫だ、身を預けても平気だ、と思った瞬間にきぃっ、と気色の悪い音がして、きみは思わずその場で飛び上がる。こんな廃墟の階段さ、いつ崩れてもおかしくないときみは感じていて、音がその証拠になるわけだ。でも慌ててもとの位置に戻って、すこし落ち着いて考えてみれば、階段ってのはちょっと軋んだくらいで崩れ落ちるようなもんじゃない、って事実に気づくわけだ」

 

そういうわけか、とぼくは思う。先輩はぼくに進めと言っている。進んでほしいなら、こんな分かりにくい言い方をしなくても素直にそう言ってくれればいいものだけれど、そんなことをいちいちツッコんでいる余裕はいまのぼくにはない。

 

「で、きみは勇気を振り絞って、もう一度階段に足をかける。軋んだからといって崩れるわけじゃない、と自分に言い聞かせて、一段、二段、と、抜き足差し足で進んでいく。そうして中盤くらいの、進むにも引くにも中途半端な位置にまで差し掛かったところで突然、ぱぁっ、と、予想もしていなかった真っ白な光がきみの顔を照らし出す」

 

白色光。ぼくたちにとって、それは死を意味する概念。築百年を優に超えるこの木造三階建ては、真っ黒な球体の壁に全方位を守られている。放射線をはじめとしたありとあらゆる脅威をシャットアウトしてくれるその壁に穴が空くということは、すなわちここではもう生きられないということ。屋根裏部屋に残った物資を捜索するためのこの冒険が、まるきり無意味になるということ。

 

この何の変哲もない日本家屋は、建築されてからずっと、宇宙空間を漂っている。

 

「あっ、と思ってきみはわけもわからないまま、思わず隣の手すりを掴む。存在には気づいていたけれど、危険だからさわらないでおいた命綱さ。で、だがもちろん、手すりの接合部ってのは長くは持たねぇ。きみが階段にかけるのすら恐れていた全体重がかかれば、たちまちぽきっと取れちまうんだ」

 

そのときぼくらの目の前を、何者かが駆け抜けた。