何曜日 ①

夜の電車に乗ると曜日が分かる、彼女はそう言っていた。

 

冬の寒い日だった。郊外に差し掛かった下り列車はこの時間になると客もまばらで、座席の半分ほどはすでに無人だった。戸口近くに立つ、化粧の濃い女性の三人組はまだ愚痴を言い足りない様子で、だれに聞かれても構うものかといったふうに、元カレがどのように腹が立つかについてひとりが語っている話に、競うように共感を表明している。七人掛けの真ん中に座るサラリーマンは両手をだらりと下げ、くたくたのスーツをさらに歪めて死んだように眠る姿からは、終着駅で駅員に起こされている姿がありありと想像される。

 

まるで冥界のようなこの車内で、かろうじてここが現世であると思わせてくれるものはふたつだけ。ひとつはドア上の液晶モニターで、賃貸住宅とか化粧品とかのきわめて世俗的な広告の中では、俳優やらスポーツ選手やらがはっきりと、昼間と変わらない明るさの中で動いている。そしてもうひとつがぼくの横に座る彼女で、まるでいま家を出たばかりのように整った格好で、昼休みのように快活に笑っている。

 

「今日は金曜日だね」、そう言って彼女は得意げに指を立てた。「金曜日がいちばん分かりやすいんだよ、まるでみんな、魂を会社に置いてきちゃったみたいで」。彼女のおかしな言動には慣れっこだから、普段のぼくはいちいち動揺させられたりなんてしないけれど、今日のぼくは金曜日のぼくだから、思わずおかしなことを口走ってしまう。

 

「そうなんだ。よく分かったね。すごいや」

 

「でしょ」と言って彼女はまた笑う。その笑顔は何曜日の笑顔だろう? その場の全員が彼女のように笑っている車内があったとして、それを見た彼女はいったい、その日を何曜日だと推理するのだろうか。それともまた同じ屈託のない笑顔を浮かべて、今日に曜日なんてないんだよ、とでも言うのだろうか?

 

ぼくに唯一わかるのはそれが金曜日ではないということだけで、そして今日は金曜日だから、彼女はここに存在するべきではない。生命と理性の失われた夜、すべてがあいまいな夜、曜日当てクイズにはけっして適さない夜。

 

そういえば、とぼくは思う。彼女が言い当てるのは、きまって金曜日だけだった。水曜日とか月曜日とか土曜日とかに抜き打ちで曜日を聞いてみて、本当にすべての曜日を見分けられるのかを試してみよう、と金曜日のぼくはいつも決意するのだけれど、いざ金曜日以外になるとそんなことはすっかり忘れて、職場の話とか友人の話とか、そういう他愛もない話に終始してしまう。というかそもそも、その日も夜になってまだ曜日を知らないなんていう馬鹿げた仮定にいちいち付き合おうなんてきっと、ぼくも彼女もしたがらない。

 

けれど金曜日の夜だけは、彼女を別人にする。