近未来風現代表現集

摩天楼の屋上を、忍者が駆けている。

 

新月の夜は静かに満ち、彼の漆黒の衣服を包み隠す。電気の通っているこの街はそれでも、完全に暗くなるということはない。足元の建物の外壁は一部が透明で、深夜まで電子労働にいそしむ会社員たちのための光が、まだ煌々と漏れ出している。

 

けれど会社員たちは、上を走る忍者の姿には気づかない。摩天楼から摩天楼へと飛ぶ人型が、自分たちのための光に照らされているのには気づかない。普段は蛾のように上空を舞っているプロペラ式の報道用飛行機械の姿も、なぜか今日は見当たらない。

 

そして。忍者の足がセメント材でできた、平らで灰色の地面に触れる音は、東京の上空を支配する轟音にかき消されている。複雑に絡み合ったこの街で、風はたえずなにかにぶつかり、流れを変え、そして合流して音を立てるのだ。

 

眠らない街、東京。かつては武蔵国と呼ばれたその地は、一千万を超えて膨れ上がった人口を擁する、この国の中心都市だ。けれどそこにおいてさえ、誰も忍者には気づかない。誰も、彼の存在を知らない。

 

二層化された道路へと差し掛かり、忍者は一瞬足を止める。そこにはたくさんの輸送車が、牛も馬もなしに走っている。忍者でさえ、その速度には敵わない。輸送車は平均で――あくまで平均で、だ――一日の間に二千キロメートル、つまり五百里を進む。

 

そんな乗り物に乗る奴を追跡しているのだから、と忍者は思う。人々が言うように、もう俺たちは過去の遺物なのかもしれない。

 

けれど忍者は首を振り、そんな雑念を追い払う。すくなくとも、俺はいま仕事をしている。俺にはまだ、仕事を依頼してくれる奴がいる。俺たちを信頼し続けてもらうためにも、仕事に集中しなければ。

 

忍者は眼下に目を遣り、ほどなくして目的の輸送車を見つける。闇夜にひときわ目立つ、赤の流線形。「あれだ」彼は小さく呟き、雨樋を下り始める。下りながら、彼はポケットから携帯式の端末を取り出し、さっと顔を向ける。

 

彼の顔を認識して、端末のロックが外れた。スマートフォンと呼ばれる端末で、無線機のようなものだが、いちいち帯域を指定しなくても使える優れものだ。原理に関しては忍者の与り知るところではない――手裏剣の鋳造方法を知らないのと同じ。彼が知っているのは、こうすればこの板状の端末を持っているあらゆる相手と双方向の通信ができるということだけだ。しかも、固有の番号を入力するだけで。

 

端末に記録しておいた番号を一度のタッチで入力し、彼は電話でんわをかける。