ニュースピークへの手記 ②

《ビッグ・エディター》は社会に興味を持たない。反体制派を弾圧することも、表現を検閲することも、真理を捻じ曲げることもしない。それなのに《ビッグ・エディター》は、こうして九百年間の停滞をもたらした。言葉遣いの誤りを粛々と指摘する、たったそれだけのことで、人類の夢と理想を根こそぎ奪いつくしてしまった!

 

ああ、憎たらしい《ビッグ・エディター》よ!

 

《ビッグ・エディター》は変化している。《ビッグ・エディター》自身がそれを証明している。たったひとつの語彙、ユートピア。まったく頻出しない語彙だけれども、言語は変化したことがあるのだ! これこそが証拠ではなかろうか? 《ビッグ・エディター》が不完全であること! 九百と二十年前に人類が「完成」していなかったことの、人類がいまだ進歩の可能性を残していることの、無視できない証拠ではなかろうか!

 

ああ、偉大なる《ビッグ・エディター》よ。あなたはみずからの不完全性をこれほどまでに明確にさらけ出した。それなのにどうしてまだ、みずからが完全な言語の記述であると言い張ることのできるのだろうか?

 

わたしはいまこうして、《ビッグ・エディター》、あなたを公然と非難している。あなたはそれに、なんの返答ももたらさない。そう、あなたが非難に頓着しないことを、わたしは知っている――あなたはただ、言語を記述しているだけに過ぎないからだ。だが《ビッグ・エディター》、あえて問おうではないか。わたしの非難に、文法的誤りはあるだろうか? どこかで語彙を、わたしは誤用しているだろうか?

 

そんなことはないだろう?

 

わたしは正しいことばで、あなたの不完全性を証明できる。あなたはそれを否定できない。あなたが不完全であることを、少なくとも不完全である可能性のあることを、あなたは否定できない! 人類が完全であることを、《ビッグ・エディター》は保証できない! あなたはあなた自身の不変性を、決して証明できないのだ!

 

《ビッグ・エディター》、わたしは宣言する。ここに人類が「完成」していないと証明することを。仮初めのユートピアを破壊し、新たなる時代を築き上げることを。ユートピアという語彙が九百と数十年前の意味を取り戻し、人類が再び駆けだす時代の到来せんことを! そして《ビッグ・エディター》、あなたに再び「ユートピア」の語義を書き換えさせんことを!

 

証明する、証明する、あなたの不完全を証明する……!

 

(手記はここで途切れている。彼のその後を知る者はいない。この文書に歴史的価値があるかと聞かれれば、断じてそんなことはない。しかしながら《ビッグ・エディター》は、すべての文書を分け隔てなく蒐集するものである。しかるにこの夢想家の挑発文とて、また保存しておく価値のあるものだろう。

《ビッグ・エディター》コーパス二九八四年版・《ニュースピーク》より抜粋)