嘘の祭典

……とりあえず、その手に持っている銃は置いてほしい。

 

……期待した目で見るのもやめてほしい。無言で訴えかけるのはやめてほしい。とりあえず視線をそらして、口を開いてくれ。話す内容は問わない。なんでもいいからとにかくその目をやめて、沈黙という不毛なゲームを終わらせてほしい。今すぐにだ。

 

いいか。わかったな。話はそれからだ。

 

今日が何の日か。それはもちろん、熟知している。むしろ知らない方が難しいだろう。そこに関しては、疑わないでもらいたい。

 

四月一日。たくさんの新たなる門出の日。別れそのものと訣別し、新たなる一歩を踏み出すための、完全に晴れがましい若葉色の記念日。

 

そして同時に、嘘つきたちの祭典。エイプリルフール。どんな嘘でも許される特別な日に見せかけて、実際には普段許される嘘のみが許される、モラルと秩序のお祭りだ。

 

……頼むから、その顔はやめてくれ。表情ですべてを表現しないでくれ。

 

そうだ。ご想像の通り、なにも用意していない。ここに嘘は何もない――現実のわたしには現在、銃口も何らかの視線も向けられていないことを除いて。

 

白状しよう。嘘を用意したことなどない。間に合わせの嘘をついてみたことはあるが、面白くないのでやめてしまった。わたしは祭りから降りた――何か面白いことを言う役割から降りたのだ。

 

……軽蔑に値するのは分かっている。だがそれは、ことばにしてほしい。

 

期待と軽蔑の間のグラデーションは、もう充分見てきたから。

 

……無言はやめろといっただろう。

 

名誉のために言おう。エイプリルフールは決して、つまらないイベントではない。本気の嘘は、本気で人を笑わせるための努力とセンスの結晶は、最高に面白いのだ。

 

つまらないのはそうでない嘘――すなわち碌に準備もされていない、行き当たりばったりの嘘だ。何かを用意せねばならぬと思いながらもずるずると先延ばしにし、何も考えないままに今日を迎えてしまった誰かが、その場の思い付きだけでついた苦し紛れの嘘。オリジナリティを発揮したいという思いだけはじっと心に秘めつつも、オリジナルな何かを追加するための大枠すら定められていないが故に、陳腐を選ばざるを得なかった魂の叫び。

 

彼女が出来ました、とひとは言う。

 

知らんがな、とひとは返す。

 

……かく言うわたしは。

 

陳腐になるくらいならやらない方がいい、その考えはもちろん、真摯さをはき違えている。こだわりを隠れ蓑にして、やらない理由を探しているだけだ。だがそれでも、挑戦をやめたことに後悔はない。わたしはこのお祭りの運営ではないから。

 

そう。わざわざ気を張る必要はない。きみも、銃を構える必要はない。

 

今日つける嘘は、いつでもつける嘘なのだから。