「健常者エミュレータWiki」について

面白そうなサイトがまたひとつ、このインターネットに産声を上げたようだ。いつまで更新が続くにせよ、しばらくは見守ってゆくつもりだ。

 

意図せずにまともでない行動をしてしまい、驚かれたり怒られたりした経験。誰にでもあるそんな経験を、このサイトは集めている。題して「健常者エミュレータWiki」。異常な行動のケーススタディを通じて、正常な行動とはなんなのかを知り、如才なくふるまえる人間を目指すための事例集だ。

 

……といっても、ほんとうにこれを学習に使う人間は稀だろう。

 

「健常者」「異常者」という分類とは本来ファジィなものだ。常に完璧に正常にふるまえる人間なんてもちろんいないし、それとまったく同じように、一切の正常性を解さない人間もまたいないのである。

 

「健常者」に見える人間(運動ができ、飲み会が好きで、視力が生活に支障をきたさず、休日も午前中に起床し、恋人あるいは配偶者のいる人間のことだ)でも、不用意な発言で場を凍り付かせたことくらいはあるはずだ。

 

逆に、ツイッターで「異常者」を自称する人間だって、自分の異常エピソードがなぜ異常なのかくらいは知っているものである。それを証拠に、彼らは決まって自分自身の武勇伝を、おかしくて笑える一本のネタに仕立て上げようとするのだ。

 

「異常者」の「健常」性を示す証拠はこれだけにとどまらない。自称「異常者」たちは自分のエピソードを披露するだけで飽き足らず、同胞の英雄譚に笑いながら、こぞってリツイートする。他者の異常性のおかしさを認識できるという、まごうことなき健常性の証拠だ。本物の異常者なら(そんなひとがほんとうに存在するのかは定かではないが)、その怪奇譚の何が面白いのかわからないか、あるいはてんで見当はずれな、明後日の方向の理解にたどり着いてしまうはずなのだ。

 

ではこのサイトの使い方はいかに。もちろん、異常な行動に(異常な「人間に」ではないことに注意されたい)単にひとしきり笑うことだろう。おかしな行動、場にそぐわない行動。しかし同時に、自分がしてしまうところもまた想像できる行動。このサイトの笑いは嘲笑でこそあるが、少なくない分量の自己批判が混ざっている。

 

さて、これからどんな事例が追加されるのだろうか。この手の話題はツイッターの人たちの大好物だから、それなりの繁盛を見せてくれると信じている。インターネットの常で、栄える場所にはつまらないひとが湧いてきてしまうから、今の面白さは長くは持たないかもしれない。5W1H を明確に指定して書かせる、現在のフォーマットの自己批判的な面白さ(そうでもしなければ、無意識のうちに異常な文を書き込む自己言及的な奴が現れるはずだからだ)を、ややブラックなジョークとして受け止められるのも、これから数日だけかもしれない。

 

まあ、その日がくるのかは分からない。それまでは、せいぜい楽しませてもらうことにしよう。