最良行動計 ②

勤務の終了を告げるメッセージが画面に浮かび上がるのを見て、リチャードは即座にファイルを保存し、パソコンを閉じた。真っ赤なけばけばしい文字で五分を刻むこのカウントダウンは、完全にあらかじめスケジュールされたもので、最良行動計とは連動していない(最良行動計は仕事に気が乗っている社員には常に次の仕事を表示してしまうから、こうでもしておかないと、際限なく働かせ続けることになってしまうのだ!)。だからおそらく、メッセージをリチャードが見たその瞬間に、最良行動計は彼の脳波を観測し、一番上の行動を「ファイルを保存せよ」に書き換えていたのだろう。だがそのキッチンの機械を、リチャードは見ないで行動した――言われなくても分かることについては、わざわざ機械のお伺いを立てる必要もないのだから。

 

パソコンを棚にしまってはじめて、リチャードはキッチンへと向かった。彼の予想した通り、そのレトロな見た目の最新機器は、リチャードがいまなにを食べたがっているのかを教えてくれた。彼自身よりも彼に詳しいその機械の表示によれば、リチャードの胃袋はいまピザを欲していて、そのためには行きつけの地下鉄駅前の古い店が良く、そして今日という日の彼は、アンチョビのトッピングへの初挑戦に最適な気分であるらしかった。前から挑戦してみたかった候補がようやく一番上に表示されたことで彼は、やってやるぞという、仕事では感じることのできない高揚感がみなぎるのを感じた。

 

だが、候補の二番目に普通のマルゲリータが表示されているのを見て、リチャードにはすぐに、その食の小冒険の失敗が予想できてしまった。すなわち、たしかに今日はアンチョビに最適な日だが、それは「挑戦する」という選択の満足感を含めてはじめて、一番上に来る選択肢だったのだ。彼の胃袋が本当に求めているのは今日も変わらずアンチョビなしのマルゲリータだということは、最良行動計に頼らずとも彼自身が一番よく分かっているように思えた。さらにいえば、ふたつの候補の評価値の近さも、マルゲリータ派の応援材料だった。リチャードは落胆し――そしてそれを見透かしたように(実際、見透かしているのだが)トップふたつの表示が入れ替わり、今日もアンチョビの日ではないということが確定した。

 

冷たい雨だけが欠如したような灰色の街を通り過ぎて、リチャードはピザ屋に向かい、アンチョビなしのマルゲリータを注文した。トマトとチーズの純粋な清純さからは、絶え間ない現状維持の味がした。帰り道、それでもリチャードは、普段と変わらぬおいしさに満足している自分を認めざるを得なかった。雨はやはり降らず、夕暮れはリチャードを素通りし、側溝の闇の中へと消えていった。