カンニバル食堂 29

両腕を穴のふちにかけたまま、ステファンは動きを止めた。キャサリンはうつむいて、どうやらステファンには気づいていないようすだった。

 

ステファンは状況を飲み込めなかった。走り、踏まれ、もみくちゃにされながらたどり着いた、かりそめの安息の地。だが不運なことにその地には敵の先兵がいて、しかしそれは無防備に、ただ立っている。

 

「どうする」 キャサリンに聞こえないよう、ステファンは小声で自分に問いかけた。これはかりそめの成功か、それとも不運の反復なのか?

 

選択肢は、二つに一つ。この部屋に入ってキャサリンをどうにかするか、新たな部屋を求めて再び地下に降りるか。

 

「考えろ、考えろ……」 ステファンはつぶやき、切れる息がその邪魔をした。ステファンは考えなければならない、身体を穴の縁に支えながら。さらに同時に、キャサリンを監視し、気づかれたらいつでも逃げられるように身構えていなければならない。

 

そして、いまの身体には、そのすべては無理だった。

 

あとから思い返せば、このときのステファンは愚かだった。疲労と空腹の中、それでもステファンは、選択肢はひとつしかありえないと直感していた。すなわち、たとえ再び踏みつぶされることになろうとも、敵のいない部屋を探すべきだと。敵のいる部屋に、休息など望むべくもないと。

 

だがどうして、人は追い込まれると、直観とは逆の選択を取ってしまうのだろう?

 

ステファンは身体を持ち上げ、穴の縁に腰掛けた。音には気を付けたが、それでも、空気の淀みは動きには敏感だった。キャサリンは振り向き、ステファンを見定めた。「えっ、どうして……」

 

「違うんだ、見なかったことにしてくれ」 その両目に気圧されて、ステファンは慌てて穴の中に戻った。ステファンの一挙手一投足は支離滅裂で、彼自身もそう気づいていた。だが、身体も口も、まったくいうことを聞かなかった。

 

「待って」 キャサリンが乞うように言った。その口調の必死さに、ステファンは思わず動きを止めた。ちくしょう、どうしてわたしの身体は、素直に逃げることすらできないのだ?

 

そしてその一瞬の隙に、キャサリンはステファンの腕を掴んだ。

 

ステファンはおのれの愚かさを呪った。「離せ!」 掴まれていないほうの腕を穴のふちから外し、ステファンは重力の法則に身を任せた。キャサリンはバランスを崩し、腹ばいに引きずられた。「きゃっ! 何するのよ!」

 

「いいから離せ!」 ステファンは腕を振りほどこうとしたが、キャサリンは離さなかった。ステファンはもがいた。コンベアの摩擦が、ステファンをさらに下に引いた。「どうなっても知らんぞ!」

 

しばらくの奮闘の末、ようやくステファンは、腕を引く力が軽くなるのを感じた。逃げなければ。追っ手を阻むため、ステファンは扉をしめようと立ち上がろうとした。

 

そのときだった。

 

キャサリンの全身が、ステファンの胸をめがけて、頭から真っ逆さまに落ちてきた。