カンニバル食堂 ⑩

訊きたいことが山ほどあった。

 

ランダムノイズの長い廊下を進みながら、ステファンはまずなにから訊ねたものか考えた。同じことを訊くのでも、そこまでの質問の順序によって、相手の返答はまったく異なってくる。だから訊く前にまず、どう訊くかを念入りに考えるべきだ――これは、幾度とない失敗の末にステファンがたどり着いた、きわめて単純な戦略だった。

 

そして今回、それは普段より難しい課題だ。だいいちに、ステファンはいま、リチャード・コールマンの身分を偽っている。彼は、人肉食協会の理事としてこの場を見ていた。知りたいのは、ここではなにがどう運んでいるのか、そしてどうして協会の目をすり抜けてきたかだ。だがコールマン食肉卸店の社長は、そんなことに興味はないだろう。

 

加えて、ここで起こっていることはあまりに巨大過ぎた。世間から勘づかれることのなく運び込まれ、育てられている二万人の人間たち。ステファンほどの年齢になれば、世の中のたいていのことの原因には、あらかじめ察しがついてくる。だが、今回ばかりは違った。

 

しばらくの考えの末、ステファンはもっとも古典的な戦略で行くことにした。

 

「二万個体、か。すげぇな、ここは」 まずとりあえず、褒めろ。歯に衣着せぬリチャードの真似は、ステファンの飾らないことばに確かな説得力を与えていた。

 

「そう言っていただけると光栄です」 キャサリンは答えた。これでいい。天井の蛍光灯が、ふたりの歩みに合わせて光り出した。

 

「おまけに肉は美味いときた。全国から肉を買ってきた俺が言うんだから間違いねぇ」 ステファンは例の店を思い出した。お世辞だが、半分本心だった。

 

「十年ものですからね。おそらく、お届けできるのはうちだけです」 キャサリンは答えた。

 

どうやら、肉になっているのは乳児ではなく、十歳ほどの個体らしい。屠畜のさまを想像して、ステファンの根源的な部分がたしかな嫌悪感を示した。どちらの側の嫌悪かは定かではなかった――処理される側の絶望感か、処理する側への同情か。だがその倫理観も疑問も、リチャード式の思考法と、目の前の工場への興味にかき消された。

 

「ということは、これだけ続きがいれば将来安泰だな。これからも美味い肉を頼むよ。で、もう一つ質問いいか?」 とステファン。

 

「心行くまで質問なさってください」 キャサリンは満足げな笑みを浮かべた。作戦は順調だ、ステファンは心の中でほくそ笑んだ、だがそれが外に出ないよう気を付けた。

 

「じゃあ、聞こうかな。十年ものの肉が美味いのは分かった。でもいったいどうして、そんなことをしようと思ったんだ? 不味かったらどうしようと?」

 

「つまり、もし十年もかけて売れない肉をつくってしまえば、どう採算を取るつもりだったのか、と?」 キャサリンは聞き返した。

 

「そうだ。いや、社長として気になってね」 ステファンはきまり悪そうに、頭を掻いてみせた。

 

「ごもっともな疑問です。二つの理由があるのです。第一に、われわれは軍の科学者たちの支援を受けています。外界との接触をほぼ完璧に断ち、言語すらも知らない大量の人間個体。心理学上の実験サンプルとして、これ以上のものはありませんからね」

 

ステファンは思い出した、知り合いの心理学者がサンプル集めに奔走する姿を。サンプルの質の悪さに関する愚痴を。もし一工場と契約するだけで上質なサンプルが得られるのなら、これほど便利なことはないだろう。だが、真の理由ではない。「なるほど、で、もう一つは?」

 

「はい。これこそが最も面白い理由です」 キャサリンは眼鏡の位置を直した。はやる気持ちを抑え、ステファンは待った。

 

「実のところ、わたしたちは成熟した肉の味を知っておりました――正確には、わたしたちのうちのひとりが。ここだけの話ですが、食べてみたことのある社員がいたのです。どこでか、想像できますか?」 悪戯っぽい目は、キャサリンがこの会話を心底楽しんでいると伝えていた。

 

「いや、わかんねぇな。アマゾンの奥地か?」

 

「いいえ、はるかに興味深い話です。すべてが許される場所。星条旗のもとにあって、星条旗のもとにない場所。おわかりでしょうか?」

 

ステファンは逡巡した。いまだ古来からの文化として、人肉を食べつづけている部族は存在する。だがステファンの知る限り、それはアメリカの話ではなかった。それでもうまくやれば、アメリカ本土でもできるかもしれない。だがステファンの知る限り、本土で許さないことはたくさんある。

 

それならば。ステファンはひとつの可能性に思い当たった。星条旗を掲げながら、非情な拷問をおこなった無法地帯。そう、その正体は。

 

「……グアンタナモグアンタナモ米軍基地」

 

キャサリンは答えた。「ご名答」