カンニバル食堂 ⑥

ひさびさの分岐を、タクシーは右に折れた。その小さな道の表面はほとんど砂塵に埋もれ、曲がり角の標識がなしでは、存在していることにすら気づかれないように思われた。

 

その脇道に値するくらい、オークランド精肉工場はあいまいな存在だった。調べども調べども両手をすり抜けてゆく、実体のない情報の砂々。幹線道路が不自然に二分する広漠さの中に埋もれて、それはおそらく、時間と砂の中に取り残されているのだろう。

 

見渡す限りの砂漠。やはり工場などないのではないか、そんな一抹の希望が、ステファンの心の奥底に、まだ断固としてこだましていた。ステファンは砂と同化した工場を想像した――砂に飲み込まれて、かたちを保っているかすらわからない、巨大で蒙昧な廃墟を。

 

だが、工場はあった。「着いたぞ」運転手がぶっきらぼうに言い、ステファンは窓の外を見た。工場。そうとしか表現できない、典型的で、なんの特徴もない工場。

 

少し多めのチップを支払い、ステファンはタクシーを降りた。そうして彼は、その無個性の中へと入っていった。曖昧さの実体。砂漠の延長。人肉のむせかえるような生々しさとは無縁の、暴力的なまでに清純な場所。

 

ロビーは無人だった。受付と思わしき場所にはインターホンがあり、ステファンはそれを鳴らした。数秒ののち、柔らかな男の声が響いた。「どなたさまでしょうか?」

 

「リチャード・コールマンだ、ここから人肉を仕入れている」ステファンは平然と身分を偽った。ばれるかもしれないという、その緊張とは無縁だった――すべてが曖昧なこの場所の空気が、彼の心を自然に落ち着けていた。

 

「少々お待ちください、お調べします」男の声。返答を待つ間、ステファンは調度品を眺めた――そして最も興味深いものですら、窓のブラインドについた小さな砂の染みにすぎなかった。「ご用件はなんでしょう」再度、男の声。

 

「このあいだの肉が美味いと評判でね。簡単に言えば、出荷量を増やしてくれないかっってことだ」うろ覚えのリチャードの態度を、ステファンはできるだけ真似るように心掛けた。向こうの男は、わたしの態度を不遜だと思ってくれるだろうか?

 

しばしの沈黙。ステファンはすでに、退屈すら覚えていた。ロビーは荒涼として、人の手による建物というよりは、ただ冷房が効いているだけの砂漠と表現した方が正確だった。床のタイルに模様はなく、ただ外の眩しさを柔らかく反射していた。ステファンが何度目かに髪を掻いたころ、再び男の声がした。「わかりました。お通しします。奥のエレベーターをお使いください」

 

言われるがままに、ステファンはエレベーターに乗った。足に加速度を感じてなお、曖昧さに慣らされた彼の頭には、これからの緊張すべき仕事の実感はなかった。その間にもエレベーターは上昇し、ステファンの身体を浮遊感が包んだ。

 

ドアが開くと、男が出迎えてくれた。「こちらです」インターホンと同じ声。左右に会議室のもうけられた廊下を、ステファンはまっすぐに進んだ。

 

これから知ることへの覚悟を、なにひとつ決めぬままに。