英語が、話せない。
単語が、出てこないのである。
英語のできるひとにそう愚痴ると、たいていこう返ってくる。「簡単なことばで話しなさい」と。
まことにありがたいアドバイスだ。そのありがたさたるや、ただでさえ話の長かった校長先生が、ボケて同じ話しかしなくなってしまった、その話にすら匹敵する。そう、彼らはあまりに英語ができすぎるために、なんと、どんなことでも簡単なことばでいいあらわせてしまうらしいのだ。
残念ながら、わたしはそうではない。ある国際大会での話をしよう。
ある晩の宿舎で、わたしが日本から持ち込んだ『お~い、お茶』のティーバッグを淹れていると、ひとりのヨーロッパ人が近づいてきた。彼は日本茶が大好きらしく、見るからに高級そうなパッケージのお茶を飲んでいた。
高級茶を飲む彼はなぜだか、わたしの大量生産のティーバッグに興味を示し、ひとつもらえないかと言ってきた。わたしは快諾し、とても不釣り合いなことに、彼はその高級そうなお茶をわたしに飲ませてくれた。
彼は、そのお茶は日本で買ったものだと言った――より正確には、わたしにはそう聞こえた。なるほどそれでは、お味のほどを拝見しよう。日本茶の味の違いなら、わたしはわかるだろう……
一口。
……飲んだことのない、不思議な味。およそ日本茶とは思えない甘味が、口の中をふわりと満たした。その風味は上品で、それがほんとうに日本茶であるかはさておき、高級なものにちがいなかった。感想を聞かれ、わたしは答え……
……甘いって、英語でなんて言うんだっけ?
甘い、以上に、どう簡単に言えばいいんだ?
もし出てこないのが難しいことばだったら、いくらでも言い換えようがある。たとえば「敬虔な」だったら、"believing God so much"、これでいい。しかし、わたしがわからないのは、「甘い」である。あの五大味覚のひとつ、甘味。このことばすら出てこないのならば、もう食べ物に関してはわたしはなにも言えず、もしイギリスでホームステイなどしようものなら、例の紳士然とした味付けに一切の文句を言えぬまま食べ続けさせられるという、現世最悪の拷問にかかることになるだろう。
さいわい、そのときのわたしは冴えわたっていた。だから、このときはなんとか、簡単ではないことばが出てきた。簡単ではなさすぎて、どうやら存在しないらしい言葉が。ものの三十秒は考えて、わたしはこう言った。
It is very... sugarly.
Do you mean "sweet"?
Hai. Sumimasen deshita.
Oishikatta desu.
さて、新たなことばをつくりだしてしまったとはいえ、このときはまだマシである。こんなに相手の言うことをくみ取ってくれるひとはまれなのだ。たいていの場合、会話は、こうなる。
It is very... sugarly?
What?
Su...gar...ly.
huh?
Sorry, it is... great!!!!!!!!!!!!!!!!
そして、わたしはふと、あることに気づく。
Great.
すべてを解決する、魔法の言葉。
簡単に言えとは、なにを言われても Great と返せということだったのだ。