矛盾三定理系 第三話

----- 査読者 3 -----
評価: -2 (不採択)

 

この論文は、どのふたつも矛盾しないが全体としては矛盾する三つの定理を例示している。著者らはこの例をもって、二定理の矛盾のみをもって数学的議論の矛盾を判断することの危険性を主張している。

 

今後の数学の発展を占ううえで、このような矛盾の構造が成立しうることじたいが重要だと著者らは主張しているが、わたしはこの主張をはっきりと否定できる。なぜなら、この論文のような手段にたよらずとも、同様の矛盾構造は簡単に構成できるからだ。以下に例を挙げよう。

 

どのふたつも互いに矛盾する定理の組――なんでもよいがたとえば、大学初年次の教科書に載っている、微分積分学におけるブリッジ級数の『収束定理』『発散定理』『振動定理』など――をとってこよう。以下の三つの定理を考えよう。


定理 A: 『収束定理』もしくは『発散定理』が成り立つ。
定理 B: 『発散定理』もしくは『振動定理』が成り立つ。
定理 C: 『振動定理』もしくは『収束定理』が成り立つ。


このなかのどのふたつも、互いに矛盾しない。たとえば、定理 A と B は、『発散定理』が成り立つ世界において両立する。おなじように、定理 B と C は『振動定理』が、定理 C と A は『収束定理』が、それぞれ成り立つ世界で両立する。しかしながら、A から C までのすべてが同時に成り立つことはない。なぜなら、その場合、『発散定理』『振動定理』『収束定理』のうち、すくなくともふたつが同時に成り立つ必要があるからだ。

 

さて、矛盾の構造じたいはありふれている以上、この論文が数学研究に貢献するとすれば、それはこの特定の三つの定理が、それらすべてを認めたときだけ矛盾するという具体的な事実にほかならないだろう。しかしながら、この事実が意味するところについて、著者は論文中でまったく触れていない。よってこの論文には、重要性を判断するだけの十分な材料がそろっていないと判断せざるを得ない。

 

結果の強力さについても、わたしは否定的である。わたしは『ペトロフスカヤ -- ペトロフスキーの格子定理』をこれまで知らなかったが (そして調べたところ、あまり使われないマニアックな定理なようだが) 、ある程度の訓練を積んだ数学者なら、一目で『不動点定理』『一様定理』の双方と同時に使えるようなものではないとわかるものである。具体的にそれらが矛盾することの証明こそたしかに明らかとは言えないが、この論文の主結果は、大部分の数学者が日頃から直感的に回避している、数学の無数の矛盾のひとつにすぎないだろう。

 

コメント:
ペトロフスカヤ -- ペトロフスキーの格子定理』の具体的な応用先があるなら、概要に記載した方がいいだろう。

 

 


----- メタ評価 -----


この論文の評価は、査読者間で割れている。三つの定理をあつめてはじめて矛盾するという構造や、それが数学におよぼす影響に関する洞察には興味深いものがあるが、反面、論文内の洞察は悲観的すぎるという意見もあった。

 

この論文を採択するか否かに関しては、われわれのなかで熱心な議論が行われた。最終的に、同種の矛盾構造がより簡単に導かれるという査読者 3 の指摘の重大性を鑑み、この論文を不採択とする運びになった。