救国の桃太郎 第七話

オニガシマへの正確な道のりは誰も知らなかった。地図がないとは、すなわち探検家は誰も生きて帰らなかったということだ。なにごとをも記されなかった紙にはむしろ、過去の戦いの残虐な血の記憶が、むせかえるほどに染みついているのだった。

 

それでも、桃太郎の行軍は断固として揺るぎなかった。鳥獣の声を聞き、獣道を嗅ぎ分けながら、桃太郎は鬱然とした森の深みを進んだ。

 

桃太郎はふいに頭上に光を感じた。見ると、幾重にも覆いかぶさる太枝がそこだけ途切れ、偶然にも空の切れ間を作っていた。休憩を取ろうと桃太郎が鞄を下ろしたその時、呼び止める声があった。

 

「これはもしや、かの名高き桃太郎様ではありませんか」桃太郎が振り向くと、一匹のやせがれて背中の曲がった犬が、みすぼらしい前足をかろうじて立たせて座っていた。

 

桃太郎が答える間もなく、犬は話し始めた。「桃太郎様、偉大なる桃太郎様に、わたくしめのようなしがない犬の話をお聞かせするなどあるまじきこととは承知しております。それ故、もし桃太郎様のお気に召さないのであれば、ぜひこのやせ細った腹を蹴飛ばして、森の木々にお打ち付けになっていただいても一切の恨みなど持ちようがなく、むしろまったく当然のことなのでございます。ですがそれでも、もし寛大なるあなた様が、わたくしめのような汚い犬にさえも、限りなき慈悲の心を向けてくださるのでございましたら」犬は一気にここまでまくしたてると、息を切らしてうめいた。「桃太郎様のお腰にお携えになっていらっしゃるその黍団子、ひとつなどとは言いません、ひとつの半分の半分の、そのまた半分だけでも、この犬めにお授けになっていただけないでしょうか」

 

桃太郎は惨めに思い、犬に近づいた。犬は本能的に身を縮め、「申し訳ございません、卑しい一介の犬めが、歴史上に燦然と輝く偉業をいままさに成し遂げんとする桃太郎様の貴重な食料を横取りしようだなど、考えるだけで寒気が走る蛮行でございます。わたくしめなどこの場で果て、毛皮にも肉にも一切の値打ちなく、ただ森に朽ち果てて当然でございます。ぜひこの醜悪な犬めの命を、ここで終わりにしてくださいませ」とまで一息で言い切った。桃太郎はあえて言わせるがままにしながら、しゃべりすぎた犬が空気を求めて喘ぐのを見計らって屈み、犬の口に黍団子をひとつ差し出した。

 

犬はありあまる光栄に目を見開き、危うく失神する寸前だった。そうして間髪容れず、感謝と卑下を再びまくしたてようとしたが、桃太郎はこれを制して語り掛けた。「おぬしとてもとは狩りの種だ。身はやせがれても、猟師としての誇りを忘れるでないぞ」

 

犬は感激し、ほんの一瞬だが、言葉すら出ない様子だった。再び言葉が戻ると、犬はふたたびまくしたてた。「ありがとうございます。ありがとうございます。このみすぼらしい身にございますが、もしわたくしめに少しでも、ほんの少しでもお役に立てることがありましたら、この御恩、わたくしめの一生を賭けてでも返させていただきます」

 

「そうか、では、一緒に来てもらおう」桃太郎はオニガシマへの道案内を頼んだ。かくして、桃太郎の行軍には、一匹の同伴者が加わったのである。