いまばなし ねつりきがく

彼はふと、熱力学を学びなおしてみようと考えました。彼は学部時代にお世話になったウェブサイトを思い出すと、お茶を片手に読み始めました。

 

 

彼の目標は、熱力学の公理系を抽出することでした。彼が親しんできた数学と違って、物理の教科書には、定義や公理が――少なくとも数学がそう呼びそうなものが――最初に書いてあるとは限りません。数学の考え方にどっぷりと浸かっていた彼は、それでは納得できませんでした。

 

 

「公理は散らばっているだけで、どこかには書かれているに違いない」彼はこう考え、読み進めていきました。それらを拾い集めて、議論を入れ替えてやれば分かる、彼はそう高をくくっておりました。

 

 

彼はまず、できる限り変数の数を減らすことを考えました。定義は簡単なほうがいいものです。彼はすぐに、気体の状態とは、単なる自由度 2 の変数に他ならないと結論付けました。

 

温度、エントロピー、その他すべてのものが、結局は自由度 2 の変数からきまる値に過ぎないのです。急に見通しがよくなって、彼は安堵しました。

 

つかの間、熱力学的温度の概念が彼の行く手を阻みました。温度は、体積と圧力から定まる何かだったはずです。ここで温度を定義しなおすのは循環参照ではないか、彼はそう思って悩み始めました。

 

実際にはもちろん、そうではありませんでした。内部エネルギーというものを認めてやれば、温度を使わずに温度を定義できるのです。

 

もっとも、彼はエネルギーの正体をよくわかっていませんでした。だから彼は、なにか念力のようなものだと思うことにしました。熱浴というのはすなわち、触るだけで念力を送ってくれる魔法の箱なのです。科学と魔法は違う、そんな声がどこかから聞こえてきましたが、そんなことは彼の知ったことではありませんでした。

 

とにかく彼は、ようやく道筋がすっきりしたように思いました。彼は安心しました。そして、その先の議論を見ることもせず、日記を書き始めたのでした。

 

つづく、かも