《産業地区》の暑苦しい煙の臭いは消え、秋の夜の冷え込みを肌に感じた。道幅は《中央地区》ともさほど変わらなかったが、すべてが灰色に薄汚れていた。心なしか、道端の草木さえも元気なく萎れているように思えた。
学校を出てからここまで、サロエは一言も発しなかった。私たちはまっすぐ南に向かっていた――《影の地区》の方角へ。いったいどこへ連れていかれるのか、私は不安で仕方がなかった。だが、サロエの確固たる足取りは、すべての質問を静かに拒絶していた。
行先? それを知ってどうするの?
そう無慈悲に言い跳ねるように。
大股でずんずんと進むサロエに、私はほとんど走るような早足でついていった。せわしなく足を動かしながら、私はふと、なぜ無警戒にサロエについてきてしまったのか疑問に思った。どうして私が、こんな怖い思いを。
ついてくる義理はなかった。断わる意志さえあれば、たぶん断れた――嫌な予感がなかったと言えば、嘘になる。そして南に進み続けるサロエを見て、予感は次第に確信に変わった。
私は何度も、逃げ帰ろうかと思った。おあつらえ向きに、サロエは一切私を振り返らなかった――もしここで私がこっそり失踪しても、サロエは気づかないだろう。でも、思考とは裏腹に、私の足は南に向かって動き続けた。
前方でカラスの群れが飛び立ち、ゴミの欠片が散った。
右手の割れたガラス窓を見て、ふと私の頭に奇妙な思考が閃いた。私の孤独を、サロエは癒してくれるのかもしれない。だって、彼女は私をどこかに連れて行こうとした、唯一の人だから。
私は、私に語り掛けるサロエの姿を想像した。未知の古代技術について笑顔で語るサロエを。彼女の大きな顔に笑顔は全く似合わなくて、私はつい吹き出してしまった。自分の鼻息に私は我に返り、本人がすぐそこにいるのを思い出した。私は慌ててその妄想を打ち消して前を窺ったが、サロエは変わらず容赦のない大股で歩き続けていた。
脇道からの不気味な光が私たちを照らし、私はびくりとした。
何の前触れもなく、サロエは急に右折して細い路地に入った。ぼんやりと歩いていたら見逃してしまうような、一瞬の出来事だった。前方にそびえる壁の存在感からして、このあたりはもう《影の地区》だろう。もしサロエを見逃してはぐれたら、そう考えると私は心臓が握りつぶされたかのように感じた。
路地に入っても、サロエはまったく速度を緩めなかった。暗闇のそこかしこから、私たちへの視線を感じた。割れて放置された木箱の裏で、傲慢な猫が狡猾に鳴いた。《産業地区》の煙たさとは違う腐臭が鼻を突き、私は心細さに縮こまった。
薄汚れた服の少年が近づいてきて、サロエは腕の振りひとつで彼を追い払った。
少年は今度は私に狙いを定め、不気味なほど静かな足音で近寄ってきた。あまりの自然さに、私は声も出なかった。私の手提げかばんに少年の手が潜り込み、なにかの本が地面に散らばった。少年の手がなにかを掴み、私は身体中の水分が一度に凍り付いたように感じた。
「きゃっ」少年がとうに走り去ってから、つっかえていた悲鳴がようやく私の口を出た。筋肉がやっと言うことを聞き始めると、私は前を歩くサロエのもとに一目散に走った。持ち物を気にかけている余裕などなかった。
サロエが角を曲がるたびに、目に映る壁の威圧感が増した。私はもう限界だった、そして目の前に迫る《常夜街》そのものに比べれば、《常夜街の教師》などまったく恐れるに足らなかった。「先生」サロエにだけ聞こえるように、私は口を開いた。
「私、もうダメです。怖いです。これ以上進めません」堰を切ったように、私の口から言葉が流れ出た。
サロエは歩みを止め、気だるげに振り向いた。サロエは怪訝そうな顔をした、まるで私の恐怖がまったく理解できないかのような。
「なぜ、ここを怖がる」たっぷり二十秒ほど待って、サロエはようやく言った。
あまりの鈍さに、私は相手が《常夜街の教師》だなんてすっかり忘れてまくしたてた。「ここは《影の地区》です、それも最深部です。『行ったが最後、命はないと思え』、そう何度も言われてきました。実際、私はさっきスリに遭いました、それも堂々とした! こんなところに人が行って、無事でいられるとは思えません。学校に連れて帰ってください、人が生きられるところに! 一刻も早く!!」
私は踵を返しかけたが、サロエは動かなかった。私は憤った、私は《古代人》の娘だぞ! そんな仕打ちが許されるとでも思っているのか!! 私の内臓は煮えくり返り、ここがどこかも構わずに怒鳴り散らした。
そして、感情的になったからこそ、次のサロエの言葉は、まるで氷の錐のように、私の心にまっすぐに突き刺さった。
「ここが危険な理由。
お前が、ここでは人が生きていけないと思う理由。
それはここに、人が住んでいるからだ」