第十四話

「壁の方を見て。この前見た方の」彼女に言われるがままに、私は望遠鏡を回した。階下では店番のおじさんが何やら叫んでいたが、彼女は全く気にもかけなかった。聞きたいことは山ほどあった――今何をしようとしているのか、どうやって戻ってきたのか。だが彼女の急ぎようを見るに、今はそのときではないようだった。

 

一週間ぶりだったが、操作は身体に染み込んでいた。私は接眼レンズを覗きこみ、いくつものネジを素早く回した。私は壁の上部にピントを合わせた。

 

「見えたよ」私は振り返った。

 

「で? どう?」彼女の手が私の肩を掴んだ。その力が思いのほか強くて、私はびくりとした。

 

「上の方、けっこう崩れてるね」努めて客観的に、私は答えた。一週間前に見ていた景色だったが、崩れる現場を見ていたとは知られたくなかった。

 

「違う、もっと下を見て」彼女はもどかしげに急き立て、荒い息が私の首筋を包んだ。

 

私は視界を下に動かし、そしてそれを見た瞬間、私は絶句した。壁の下部、ほとんど地面に近い部分に大きな穴が空いていて、奥からは光が漏れ出していた。穴の両脇には、槍のようなものを持った人が二列に並んでいた。

 

「穴が空いてる……?」私は混乱して、こう言うのがやっとだった。なぜこうなったのかも、これが何を意味するのかも、全く見当がつかなかった。

 

「何が起こったの?」レンズを覗いたまま私は説明を求めたが、彼女は上の空だった。「あれを止めて」どういうこと?

 

現状をもう少しよく確認しようと、私はより念入りにレンズの中を見た。穴はやや縦長で、大人ふたりぶんくらいの高さがあった。穴の脇に並ぶ人たちの視線はまっすぐに穴を見定めていて、望遠鏡越しにも緊迫感が伝わってきた。穴の中で何かが動いたように見えたが、それが何かはよくわからなかった。

 

すぐ下の地面を見ると、赤い痕があった。血、私はとっさにそう思った、でも誰の? 私は父がよく語ってくれた昔話を思い出した――古代文明人の生き残りからの使者をそうと知らず殺してしまった村が、一夜にして全滅する話を。

 

「壁をふさぐ方法を教えて」私の肩に置かれた彼女の手は、心なしか震えていた。いまだ状況は全く飲み込めなかったが、私は彼女の力になるべきだと思った。あのとき、彼女が壁の上で私の助けなど必要としていなかったとしても、それでも私は彼女を見捨てた罪を償いたかった。

 

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私たちは現地に向かうことにした。望遠鏡で見るだけでは分からないことが多すぎた。なにより、まず彼女に説明を聞く必要があり、それは部屋ではできなさそうだった――階下では、彼女を捕まえようと店番のおじさんが人手を集めていた。

 

私が現地に行こうと言った瞬間、彼女はベランダから勢いよく地面へと跳んだ。着地を華麗に決めると彼女は手招きし、工場の裏手へと走っていった。「逃げたぞ! 追え!」着地の音に、階下から野太い声がした。

 

私はベランダから下を見て、彼女のように跳ぶべきかどうか一瞬考えた。落ちて死ぬ高さではないが、やはり怖かった。代わりに私は、本を両手に立ち尽くす彼に、裏口への経路が通れそうか見てきてくれるように頼んだ。彼はようやく我にかえり、忍び足で階段を降りていった。

 

「いけそうです」彼が戻ってきて、小声で告げた。私は階段の上に立つと、左右を見回した。私は極力足音を抑えて階段を降り、だが作業員のひとりに見られていた。「待て! 説明しろ」作業員が階段へと向かってきて、私は急いで引き返した。「ほらお前も! 捕まえろ」本を持つ彼に作業員が叫んだ。彼は迷うような動きで私を捕まえようとしたが、あまりに緩慢だった。

 

彼につかまる気はしなかったが、結局逃げ場はひとつしかなかった。私は観念すると、ベランダの柵を乗り越え、そのまま地面に跳んだ。