第十話

壁の向こうを見据えたまま、アタシは左腰のボトルを手に取った。やけに軽く感じ、アタシはボトルを振ってみた。案の定、水音はしなかった。ここからは水分補給なしで、これを続けなきゃいけないわけ? アタシは腹が立って、ボトルを乱暴に投げ捨てた。

 

よけ続けるのは難しくなかった。謎の筒から発射されたなにかが、アタシのところまで届くのには数秒を要した。だから、見てからよけても間に合う。ただし、アタシの体力と集中力が続けば。

 

喉はカラカラだったし、おなかも鳴り始めた。加えて、アタシが一体いつまでよけ続けなきゃいけないのか、分かったもんじゃなかった。一体何時間こうしているのかは分からないが、少なくとも、奥の壁の向こうの空は赤く染まってきていた。

 

アタシはふいに怒りを覚えた。この状況に、この状況を招いたすべての人に。アタシをスカウトに来た教官に、アタシを出した母に。アタシを選んだ教官に、訓練所のみんなに。

 

ポーチに手が当たり、アタシはお兄ちゃんの顔を思い出した――そう、こうなると知っていたとすれば、それはお兄ちゃんしかいない。

 

登りきったくせに、ポーチだけを残してどこかに行ってしまった男。

知っていたなら、あまりにも冷酷な仕打ち。

アタシは急にお兄ちゃんが憎くなって、ポーチを殴りつけた。

 

憎しみはさておき、日没の時間が近くなってきた。根拠はないけれど、暗がりの中でもアタシはよけきれる自信があった――怒りのせいで、アタシは気が大きくなっていた。方法はさておき、アタシは負けるつもりはなかった。それでも、アタシは夜じゅう気を張り詰めていなければならないだろう。

 

登り切った先にあるのが、これ?

栄誉って、こんなことなの?

 

ふと、このままよけなければ楽に終われる、という冷静な思考がアタシの頭をよぎった。あの筒が止まらないのなら、同じこと。

 

ダメ。よけ続けなきゃ。自分を叱りつけるように、アタシは壁の向こうに大声で叫んだ。「やってみやがれ!」

 

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さっきまでより高い音がした。アタシの意識は朦朧としていて、それが着弾の音だと気づくのに数秒を要した。足元を見ると、月明かりに何かが光った。

 

アタシは足で地面を探り、だが視線は壁の向こうに向けたままにした。次の弾が飛んできて、アタシは探るのを中断して左に動いた。再び、高い音。

 

アタシは土煙の中に足を動かし――そして突如、踏み外した。さっきまではなかった場所に、穴が開いていた。横目で見ると、円形の何かが外れて転がっていた。何なのかは分からないが、今はすべてのことが希望に思えた。

 

次の弾。アタシはよけて、また穴のところに戻った。次が飛んでくるまでのわずかな間でさっと眺めると、穴の中に金属質の何かが見えた。

 

次の弾。よけて、戻る。よく見ると、それは梯子のようだった。どこに続いているとしても、少なくともここよりはマシなはずだ。アタシは弾を二発ほどやり過ごすと、タイミングを合わせて梯子に飛びついた。

 

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何も、見えない。

 

上も、下も。

 

でも、とりあえず、安全。

 

この梯子はどこまで続いているのだろう?

 

降り始めてしばらくすると、着弾の音は聞こえなくなった。やはり、あの筒はアタシを狙っていたようだ。代わりに訪れたのは、真の暗闇だった。

 

梯子を降りる音の響き方から察するに、空間はそう広くないようだった。おそらく、穴のサイズと同じくらい。降りても降りても、梯子は終わらないように思えた――アタシが登った高さぶんくらいは、もう降りているようにすら感じた。

 

ここは、どこ?

たぶん、壁の中。もしかしたら、地下。

 

アタシは降り続けることにした。実際、それ以外に選択肢はなかった。根拠も自信もないけど、アタシは降りた先に何かがあると信じた。いつ終わるか分からない梯子を降りるのは、アタシを狙う何かをよけ続ける以上に気力を要した――その段に足を置こうとしない限り、次の段がないことには気づかない。

 

足が宙を掻き、アタシは梯子を強くつかんだ。あたりを見回したが、相変わらず何も見えなかった。この下は、地面? それとも、奈落?

 

アタシは逡巡し、お兄ちゃんのポーチを探ると、何か棒状の固いものがあった。アタシはそれを取り出して落とし――一瞬ののちに、乾いた音がした。

 

この下は、たぶん、地面。

じゃあ、行ける、はず。

怖いけど。何も見えないから。

 

他に選択肢はなかった。アタシは恐怖を振り切ると、梯子からせーので両手を離した。