第四話

私は古技術工場の家庭に生まれた。母は有名な考古技術学者で、図書館に通っては古文書を紐解いていた。母曰く、この世界にはまだ実現されていない古代技術がたくさんあるのだそうだ。古文書に直接は書かれていないことへの嗅覚を磨けば、きっと存在したはずの技術が見えてくる、と。こんなことを言うのは母だけだったが、実際に結果を出してしまうのだから驚きだった。

 

母はたまに、持ち帰った古文書を私に読ませてくれた――私にもわかるくらい簡単な、でもちょっと変わった機械の製法の記されたやつを。私は、母とやる組立て作業が大好きだった。「これは多分、誰も作ったことないよ」そういたずらっぽく語る母の言葉に、私は取り込まれていった。

 

母が見つけてきた古代技術を実現するのは父の役目だった。父は字が読めなかったが、その代わりに手先の器用さと、機構の問題点を的確に見抜く慧眼があった。父自身が組立てた試作機を前にして、父は母にどう失敗したかを語った。その言葉はまったく論理的とは言い難かったが、それでも、次に解決すべき問題のヒントを常に含んでいた。

 

母の説明に沿って父が機械を組立て、父の言葉に従って母が図書館を探す、これを数回繰り返すと、古文書の行間に隠された機械が動き出すのだった。君の両親は古代から来たに違いないと、私はよく出資者たちに言われた。そんなわけで、うちの工場は軌道に乗っていた。

 

そう。

あの日までは。

 

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あの日、私はレンズ用のガラスを仕入れに、親方のところへ向かっていた。親方は小さな工場を経営しており、両親はよく色々な部品を仕入れていた。特別寒い冬の午後で、私は降り積もる雪に足を取られてレンズを落としてしまわないか心配だった。

 

帰り道、遠くで轟音が聞こえた。音のほうへ目を向けると、ちょうどうちの工場の方角から煙が上がっているのが見えた。私はできるかぎり帰り道を急いだが、積もった雪のせいであまり速くは進めなかった。

 

帰り着くと、工場のまわりに人垣ができていた。火こそ消し止められていたが、あたりには煙の臭いが充満していた。工場の屋根には大きな穴が開いていて、折れた梁がむき出しになっていた。外壁の一部は残っていたが、中が無事ではないのは明らかだった。私は近くの人に、中から誰かが逃げ出してこなかったか訊ねたが、誰も見ていないようだった。

 

私は人垣をかきわけて中に入ろうとしたが、煙の臭いにすぐにそれが無理だと察した。代わりに、私は人垣の中に近所の弁当屋の店主を見つけた。ここの弁当は、母が図書館に籠っている日だけの、父のささやかな楽しみだった。父が来たのなら、母は何も知らずにまだ図書館にいるかもしれない。私は今日父が弁当を買っていないか訊ねたが、返答は「見てない」だった。

 

私は何かできることを考えたが、何も思いつかなかった。人垣から一人、また一人と離れていく様子を、私はただ茫然と眺めているだけだった。

 

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私の面倒は、親方が見てくれることになった。

 

私はそれなりに良い労働力だった。ただでさえまともに古文書を読める人は少なかったし、私には母譲りの知識があった。最大の得意先を失っても親方が商売を続けられたのは、私のおかげでもある。

 

親方の仕事を手伝う傍ら、私は望遠鏡の製作に没頭した。親方はおそらく私を特別気に入っていたわけではなかったが、贔屓にしてくれた私の両親への恩があった。だから、私が自分の趣味で望遠鏡なんかを作っていても、親方は小言こそ言え、止めはしなかった。

 

この望遠鏡は、私が初めて、自分で思いついたアイデアだった。事件の前に母が最後に持って帰ってきてくれた古文書の片隅に、望遠鏡の理論が書かれていた。もっとも、母が私に作らせたかったのは別のものだった――世界の端までが見える望遠鏡は、すでにこの世に存在するから。

 

でも。私は何か違和感を覚えた。ここには、きっと何かある。誰もやったことのない何かが。

 

そうだ、もしもっと遠くがあるとしたら? 

 

私はふいに、もう一つの知識に思い当たった。古文書に、壁に関する記述はない。二つの無関係な知識が手を取り、調和のとれた一つのダンスを踊りだすのが分かった。

 

もし、この世界を取り囲む壁の、さらに外側があるとしたら?

それを見るための望遠鏡が、きっとある。

 

こう気づいたとき、私は初めて、母の言っていたことが分かった気がした。