第三話

五年前。アタシは最年少で最後のクラスにたどり着いた。

 

同期は、アタシを含めて四人。年齢こそだいぶ上だけど、みんな仲の良い友達だった――というのは、ちょっと生意気すぎるかな。とにかく、アタシたちの誰も、この中での競争について、あんまり真剣には考えていなかった。

 

だから、このクラスでの初めての練習に、アタシたちは普段通りおしゃべりしながら向かった。ようやくここまでたどり着いたんだもん、アタシたちはみんな興奮して、周りが見えていなかった。教官からの刺すような視線と先輩たちの気まずそうな雰囲気に気づいた時には、もう手遅れだった。

 

「舐めてんなら帰れ!」 教官の怒号が響いた。アタシたちはびっくりして、姿勢を正した。

「返事!」 教官は叫ぶと、アタシたちの名前を順に読み上げた。「はい!」 「はい!」 「はい!」 「はい!」 できる限りの大声で、アタシたちは返事をした。アタシたちの周りが、不安な空気でいっぱいになった。

目の前の見慣れた白い壁が、すべてを飲み込むような影を伸ばしていた。ふいに風が凪ぎ、淀んだ空気の生暖かさを感じた。世界にアタシたちだけが取り残され、すぐ隣にいるはずの同期が、どれだけ手を伸ばしても届かないほど遠くにいる気がした。

「お前たちの中で、誰が選ばれるんだ!」 教官の目つきは依然として恐ろしかった。アタシたちは無言で顔を見合わせた。「誰が登るかと聞いているんだ!」

おそるおそる、アタシたちはゆっくりと同時に手を挙げた。先輩たちからの目線が、気まずさから憐れみに変わったのが分かった。「全員は無理なことくらいわかるだろ!」怒鳴り散らす教官の前に、アタシたちはどうしたらいいかわからなかった。

 

怒鳴る教官を制して、もう一人の教官が話し出した。「ようこそ、新入りたち」決して大きくはないが、絶対に有無を言わさぬ迫力のある声だった。

「最終クラスへようこそ。登攀者になるための最後のステップだ。

 

分かっているだろうが、ここは選抜の場だ。君たちを成長させるための場じゃない。登攀者に選ばれるのは毎年ひとり、つまり君たちのうちの三人は、ここで引退すると思った方がいい」 他の三人が動揺しているのを感じて、アタシの勝ち気に火が付いた。「君、一人は選ばれるという意味ではないぞ」

 

アタシのバツの悪さに構わず、教官は続けた。「選ばれた者には、壁の向こうへの挑戦権が与えられる。この世界の外へ出るという、最高の栄誉への挑戦だ。壁の向こうがどうなっているかは当然誰も知らないが、少なくとも、ここのように甘いところでないのは間違いない。ここを勝ち抜けないような奴が、向こうでやっていけるとは俺は思わない。

 

ここではすべてが競争だ。君たちの相手は君たちだけじゃない、ここにいる全員だ。来年以降にくる奴らもだ。それを肝に銘じて過ごすように。下のクラスとは違って、ここは頑張ってればいつかは通過できるところじゃないぞ」

 

最後の言葉に、同期の一人が拳を握りしめたのが分かった。彼は、一つ下のクラスで、事故で親友を亡くしていた。

 

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それからというもの、アタシたちの仲は険悪になった。例外なく、誰もが競争相手。登るのは自分だとアタシは信じて疑わなかったが、他のみんなはそうじゃなかった。アタシは、このクラスに疲れかけていた。

 

その中で、唯一話し相手になってくれたのが、お兄ちゃんだった。アタシより三年前にこのクラスに入ったお兄ちゃんは、誰がどう見ても一人とびぬけて優秀だった。それでも彼がまだここにいるのは、教官たちが、絶対に成功すると言えるまで彼を残しておこうとしたからに過ぎなかった。

 

今にして思えば、あれは強者の余裕というやつだったんだろう。アタシを見ても自分の椅子が減ったと思わない人は、お兄ちゃんくらいしかいなかっただろうから。当時はそんなことを考えもしなかったが、とにかく、お兄ちゃんにだけは、アタシは腹を割って話せた。

 

お兄ちゃんもまた、このクラスに疲れていた。たぶん、教官たちの押し付けにも、それが期待の裏返しだとはわかっていながら。お兄ちゃんは苦しそうだった、でもアタシの前では絶対に弱音は吐かなかった。お兄ちゃんは教官たちに、壁の向こうを見ると胸を張った。どれだけ孤独だろうと平気だ、と。教官たちは満足そうだったが、アタシには、お兄ちゃんはここから逃げたいように見えた。

 

アタシがお兄ちゃんに選ばれてほしかったのかどうか、それは今でも分からない。お兄ちゃんがいなくなったら、アタシは誰を頼ればいいのかわからなかった。でも、お兄ちゃんが苦しむ姿をこれ以上見たくもなかった。

 

でも、時の流れはアタシが結論を出すのを待ってはくれなかった。アタシが入って二年後、お兄ちゃんはついに登攀者に選ばれた。