第二話

居ても立ってもいられなくなって、私は望遠鏡を手に取った。西側のカーテンを開けて、壁の中ほどに照準を合わせた。手が震えていたのか、ピントを合わせるねじの回りが、今日は少し重いような気がした。

 

ほどなくして、壁のひび割れの細部が浮かび上がってきた。一か月前の私なら、その精度に興奮して大声をあげていたことだろう。だが、今日は違った。壁が見えるのはもはや当たり前だったし、何より、今日の目的は壁のひび割れなどではなかった。

 

望遠鏡を回して、私は例の足場を探した。壁のひび割れが、時に高速に、時にゆっくりと私の視界を流れていった。足場のだいたいの位置は覚えていたが、それは望遠鏡の位置を一発で合わせられるほど正確な記憶ではなかった。

 

ほどなくして、木製の梯子と、それを降りる大人の姿が視界に飛び込んできた。私は片方のねじを締め、望遠鏡の左右がぶれないように固定した。視界を少しだけ上に動かすと、例の足場があった。

 

少女は、足場からそう遠くない壁に張り付いていた。ひとまず、無事みたいね。私は一呼吸すると、少女の身体をより鮮明に映すために別のねじを回した。

 

活力に満ちた背中。引き締まった筋肉。少女はひび割れを的確に使って壁を登っていた。落ちたら死ぬ状況にもかかわらず、少女の動きは素早く、淀みなかった――まるで、壁の方が彼女に合わせているかのように。私はふと、彼女に初めて会った時の笑顔を思い出していた。自信に満ちた、まるで世の中に怖いものなど何もないかのような笑顔を。

 

 

 

「おい」階下からの声に、私は我に返った。私はあわてて望遠鏡から離れると、椅子を乱暴に引いて座り、図面を引くふりをした。「はい、なんでしょう」精一杯の平静を装い、私は返した。

「何をしてた」開いていたカーテンを一瞥すると、親方は言った。私の手元に目を向けることすらなかった。「また望遠鏡か」

「すみません、対物レンズの調整を」望遠鏡を覗いていたのを隠すのは無理だと判断し、私は返した。見ていたのが登攀者の姿だと知れたら、親方がいい顔をしないのは目に見えていた。

「まだそんな下らないことを」親方はあからさまに呆れて見せた。「どうせ図面は進んでないんだろ」

「すみません」最大限申し訳なさそうに見えるように、私は返した。

「わかったらさっさと作業しろ」親方は吐き捨て、去っていった。

 

「まったく、ただ壁が見えるだけの装置なんか作って、何が楽しいんだか」階下へと戻りながら、親方はぶつぶつ言い続けていた。少なくとも、私の真の目的が望遠鏡の調整などではないとは気づいていないようで、私は安堵に胸をなでおろした。

 

 

 

 

親方の足音が消えたのを確認して、私は再び望遠鏡を覗いた。視界を少し上にずらすと、すぐに少女の姿が目に入った。相変わらず、登攀は順調に見えた。

 

突然、少女の右足が宙に浮いた。私はびっくりして、望遠鏡を揺らしかけた。危うく大声を出しそうになり、ギリギリで踏みとどまった。

 

望遠鏡をもとの位置に戻すと、少女は左手と左足だけで壁にぶら下がっていた。少女のすぐ右に、先ほどまではなかった大きなひび割れが見えた――壁の弱い部分を踏んで崩してしまったようだ。私は、あれが私だったらと想像して身震いした。自分自身の手足以外に支えるもののない、高度百メートルの断崖。

 

それでも彼女は冷静だった。右手を左手と同じひび割れにかけると、空いている右足で先ほど崩れた部分を軽く探った。彼女は頼りになりそうな足場を見つけると、残っていた欠片を落として軽く体重をかけた。そして滑るように左手を動かすと、さらに左側のひび割れにかけ、軽く引っ張って強度を確認した。確認が済むと、なんと彼女は両足を一気に離した――そして一瞬の後、彼女の両足は別の足場の上にあった。彼女が飛び移ると同時に、直前まで踏んでいた新しいひび割れから、大きめの欠片が落ちた。

 

まるで落下とは無縁かのように、彼女は再び進み始めた。よかった。私はようやく、自分が呼吸を忘れていたことに気づいた。大丈夫。これならいける。