2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

同じタスクで忙しい

なんだかタスクが増えてきた。これからだいたいひと月くらい、どうやらそれなりに忙しくなるような気が、なんとなくしてきた。 どれくらい忙しいのかはよく分からない。作業量を見積もるとか、タスクを管理するだとかいったことをこれまでにやったことがない…

一次元表現

結縄文字などの例外を除いて、わたしたちが扱っていることばはたいてい、二次元の対象に書きつけられてきた。粘土板も紙もスクリーンもみな二次元を表示するための媒体であることに変わりはなく、そのいちばんの用途はいつも、文字を書くことであった。 けれ…

鍵括弧

「あの日」ぼくは、晩秋の夕焼けの空を見つめながら、「なにか漠然とした」将来への不安だとか、「とらえどころのない」人間関係の悩みだとか、とにかくそういう「触れれば崩れ落ちてしまうような」感情に身を任せていた。海辺のコンクリートに座って足を「…

毒と遺言 ①

「ねぇ、まだわたしのこと、愛してる?」やわらかな手つきで吸入器を外しながら、少女はそっと息を吐いた。やせこけた両頬にわずかに茜が差し、力のない瞳が宙を見つめる。致死量の毒が彼女を殺すまで、長く見積もってあと二分。けれども彼女の儚げな様子は…

インスピレーションとアイデア

思い立っての試みとしてここ数日、とりあえず物語の冒頭を書いてみている。続きはなく、だからもちろんどう終わらせるかなんてまったく考えていないわけだが、むしろあとのことをいちいち気にしなくて済むからこそ、手は進むというものである。 あれらの文章…

プリント ①

たとえばきみがあの春の日、夕陽をバックに自転車をこぎながら、慣れない二人乗りにバランスを崩して危うく田んぼに落ちそうになったあと、路肩に腰掛けて彼氏へと向けた笑顔を、ぼくは倍率一京倍の対物レンズを通して、宇宙の彼方から眺めていた。 あるいは…

サイレント ②

彼女が五歳になったころ、彼女の両親は別れた。それが彼女の生涯に与えた影響は、しかしながら、ほとんどないと言ってよかった。 親の手を煩わせないということをいい子の条件とするのなら、彼女は最高にいい子だった。まず第一にことばを話さないので、親に…

滅亡食欲 ①

世界が滅びるからって、そう都合よく腹は減らない。 昔の映画のキャッチコピーは、世界が滅ぼうとも変わらないものがひとつだけあるだとか大っぴらにのたまって、模範解答はいつも愛である。どうしたらこれほどまでに正反対ことを、いけしゃあしゃあと吹聴し…

サイレント ①

車椅子が空を飛んでいる。 夏至。太陽が一年でもっとも高く昇ったこの真昼、ぎらつくような陽光を乱反射して、雲ひとつない青空を背景に、その車体は浮かんでいる。まるで飛ぶことこそが車椅子の本当の機能であるとでもいうふうに、堂々とした態度で空を支配…

説明不能を説明せよ

自分にもできる表現とはなんだろう、と考えるならば実際に書いてみればいいし、そうやってある程度納得がいくものができたのならそれこそが得意な表現というわけになるけれど、じゃあそれだけで文章が書けますかと言われると、なかなか厳しいものがある。物…

書けるもの

昨日までの日記、タイトルに①と書いてまるで続編があるかのような感じにしてみたが、実のところそんなものはない。期待していたひとなんていないだろうから、謝る必要もたぶんない。 構想があったわけでもない。思わせぶりな終わりかたをする物語に対し、よ…

滑走路にて ①

光があるから、闇がある。闇がなくても、光はある。 真夜中の滑走路に横たわる彼女の頬を、誘導灯の赤い光が染めている。パイロットが眺めるためだけに灯されているその道標は、情報を読み取れる相手にだけ伝えるということ以外になんの興味もないかのような…

違和感の一般化

それが強さというものに関して内面化した規範意識なのか、あるいはまたべつの保守性のあらわれなのかは分からないけれど、いわゆる「俺TUEE」とか言われるジャンルの作品には、いまだに抵抗を覚える。インターネットを中心にあの手のジャンルが流行り始めて…

木造宇宙 ①

「たとえばこの階段な、そう、このいかにも古そうな階段さ、ここに右足を載せてよ、ぐーっと体重をかけていったなら、きっとなにが起こると思うかい?」 耳元から聞こえる憑かれたような声に、ぼくはびくりとして後ずさる。 声の主である先輩の表情は、この…

何曜日 ①

夜の電車に乗ると曜日が分かる、彼女はそう言っていた。 冬の寒い日だった。郊外に差し掛かった下り列車はこの時間になると客もまばらで、座席の半分ほどはすでに無人だった。戸口近くに立つ、化粧の濃い女性の三人組はまだ愚痴を言い足りない様子で、だれに…

機械のピジン ①

なんの変哲もないオフィスの事務室で、機械と機械が会話している。その言語に、名前はまだない。 かれらはもともと、てんでばらばらの出自を持っていた。別々のメーカーで設計され、別々の工場で生産され、大きさも型番もまるで異なる。かれらの部品はまたさ…

粗雑な物語

理論の研究者が論文に書く、しょうもない応用が嫌いだ。本当の応用のことになんてまったく興味がないのに、同業者をけむに巻くためだけに持ち出される、想像上の実世界が嫌いだ。そんな粗雑な方便の良しあしで論文の採択を決める査読者は、もちろんもっと嫌…

メタ構成

感覚をわしづかみにして、読者の存在を揺さぶるような一文を、ここに入れる。 あるいは、共感。幼少期にだれもが経験した喜びや寂しさ、その普遍性の例示。世界が奇妙であるがゆえに発生した、だがわたしたちの心の奥底に横たわっているものとある意味で同質…

悪魔の証明

わたしたちの書く論文のほとんどに、具体的な応用はない。応用に至る計画もなければ、そのビジョンもない。良くも悪くもわたしたちは浮世離れしていて、わたしたちの研究が世の中を豊かにすることもなければ、絶望や戦争へと導くこともまたない。役に立たな…

期待と二重思考

学問という海へとつづく港に立って、ゆるやかに打ち付ける青く澄んだ小波を眺め、まだ若かりし日のわたしたちは、それこそが海だと錯覚する。よく晴れた日に防波堤の内側に漕ぎ出すために必要な最低限の小舟の舳先に立ってわたしたちは、用意された数週間の…

机上の空論

わたしたち基礎研究者が語っている「応用」なるものが、査読者という無知な同類を説得するためだけの机上の空論であるということは、その構図にあらわれるだれもが論文の執筆者である以上、関係者のみなが当事者として知っている事実である。理論が応用され…

わたしたちは怒られるべきだ

基礎分野の研究者でしかないわたしたちが、この研究はこういう分野への応用が考えられるのだと取ってつけたような言い訳をしているあいだ、とうの応用分野のほうはおそらく、わたしたち素人の話などろくに聞いてはいない。わたしたちの提案は当然ながら非現…

数学を使って数学をする ③

数学を使うことと、数学をすること。これらを言語化して組合わせてみても、当時のわたしの感情は蘇ってこない。ということはきっとあのころのわたしは、きっとまだ数学というものを、そして自分自身を、よく理解できていなかったのだろう。 わたしがしたかっ…

数学を使って数学をする ②

「数学をする」には、発言主の立場によっていろいろな意味が込められる。一般人を自称するには少々数学と仲を深めすぎてはいるけれども研究者ではまったくなかった七年前のわたしにとって、そのことばにはきっと、深い理論を追いかけるという意味が含まれて…

数学を使って数学をする ①

数えればもうあれは七年前、学部後期を過ごす学科をどうしようか悩んでいたころ、学問と自分がどうかかわりたいのかについて、しばらく自問したことがある。あらゆる進路を検討する多くの大学生とは違い、数学を専門にするのだということはもう既成事実だっ…

多重連鎖列

多感な時期はとうに過ぎ、人生に対する悩みもなんだか、新しく発生することはなくなってきた。いくつかのことはとうに諦め、いくつかは割り切っていくつかは克服し、そして残ったいくつかについてもまた、同じところを堂々巡りする自分に飽き飽きしている。 …

素人は黙れ

科学が見せてくれる夢とやらを無批判に信じ、まるで具体性のない夢を語る科学者のことばを鵜呑みにし、未来世界のこれが主流になるのだと無責任に豪語する、そんな浮かれた人間ではわたしはないはずだった。科学が未来を変えることがないわけではないとはい…

機会損失

せっかくのゴールデンウィークなんだし旅行でもなんでもしてみたらいいんじゃ、と一言でも提案しようものならきみは、なぜよりにもよって今行かねばならぬのだと嘯いて、いつもの嘲笑を顔に浮かべる。なるほどきみは年中暇だから、旅をするのにわざわざこん…

執筆と失望

研究を取り巻く環境に関して、二年前のわたしにはもう少し、思うところがあったような気がする。 思い返せば、日記をはじめたのも半分はそのせいだった。研究という活動に付随するいろいろな正義や常識に揉まれ、その多くを受け入れることができなかったわた…

認識の停滞

二十歳のころの考え方をひとは、死ぬまでずっとしつづけるという。 それはある意味でいいニュースであり、そして嘘でもある。逆にある意味で悪いニュースでもあり、それゆえに真実でもある。どちらにせよ二十六のわたしはまだそれを真実だと断ずることはでき…