2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

「健常者エミュレータWiki」について

面白そうなサイトがまたひとつ、このインターネットに産声を上げたようだ。いつまで更新が続くにせよ、しばらくは見守ってゆくつもりだ。 意図せずにまともでない行動をしてしまい、驚かれたり怒られたりした経験。誰にでもあるそんな経験を、このサイトは集…

そこらじゅうが足の踏み場

体調はだいぶ良くなった。明後日くらいには万全になるだろう。 ロキソニンとはやはり素晴らしい薬だ。風邪のすべてに効く。ロキソニンで抑えられぬ風邪などない。もし無人島にひとつだけものを持っていけるなら、わたしはロキソニンを選ぼう。崇めよ、ロキソ…

机の上のダークサイド

おはよう。体調は少しばかりマシになったようだ。 とはいえ、いまだ万全とは言い難い。だから普段のように、大上段に構えた文章は書けそうにない。目の前に本もインターネットもなくても、思索に耽り続けて平気で一日を潰せてしまうのがわたしだが、こと病気…

風邪をひきました

今日は体調が悪いので、日記は短めに済ます。 症状は典型的な風邪、熱と頭痛と腰痛の三点セットだ。熱と頭痛が思考力を奪うので、布団に横たわる以外にやることはない。主たる問題は、いざ寝ようとすると今度は腰痛が自己主張を始めることで、普段寝るときの…

親愛の街 ③

もっとも、たとえ名があったとして。 それが外部に知られることは、近年まであり得なかっただろう。知ろうと思えば、まず言語を知らねばならない。そのためには、しかるべきフィールドワークが必要だ。言語学者か、すくなくとも、その手のトレーニングを受け…

親愛の街 ②

目の前に続く道らしきものを、彼はゴーグル越しに眺めた。好き放題に生い茂った下草のせいで、それが道だとはなかなか思いにくい空間だ。頭上の木々は歴史のように絡み合い、ふたつとして同じ形の場所はない。だがどれも奇妙に似通っていて、彼の方向感覚を…

親愛の街 ①

街の唯一の門を潜り抜けた瞬間、冷ややかな祝福が彼の脳を満たした。赤道直下のぎらつく陽光が彼を焼き、プールのような湿度が彼を蒸していた。だがそのどれも、彼の脳を調理することはない。 廃墟と言われても納得するような、さびれた街の入り口。目の前に…

死を願う、無を願う

死ね。 痩せ型の男が啖呵を切る。服と身体のあいだの寒気を絞り出すような、不自然に甲高い声で。 つめたさそのものが沁みだしてくるような、真冬の深夜一時の路地裏。わずかな街灯が放つ弱弱しい光は、大部分が電柱に遮られて地面に届かない。わきに漏れた…

厳密トロッコ問題 ④

では最後の助力だ。これを言い終えたあとにはもう、わたしから言うことはない。最終的に決めるのはあなた自身だ。わたしが判断を代わってあげることはできない。 助力。先人の知恵。 あなたは決して、ひとりではない。わたしは既に、行先を決めている。決め…

厳密トロッコ問題 ③

まあ、決断できてなどいないだろう。あなたはこれまで、選択を回避し続けてきたのだから。 今みたいな状況に実際に直面するのは、あなたにとって初めてのことだろう。だから普通なら、あなたが決断できなくても仕方ないのかもしれない。完全な明晰さをもって…

厳密トロッコ問題 ②

さて、制御棒をどちらへ動かすか、答えは出ただろうか。再度言っておくが、あなたは完全に明晰だ。即座に答えを出したとて、あなたが軽薄な人間だなとどは何人たりとも思わない。逆にあなたが答えなければ、答えずにいるその間ずっと、あなたは世界に優柔不…

厳密トロッコ問題 ①

暴走するトロッコにあなたは乗っている。トロッコを止める手立てはない。目の前の線路には分岐があり、片方は直進、片方は右折だ。どちらの線路にも、厳重に縛られて身動きの取れなくなった人間が横たわっている。直進した先に横たわるのは、あなたの愛する…

裏切られる愛、裏切らぬ無関心 ②

誰かを愛すること、そして裏切られること。その手の古典的な展開には必ず、愛そのものへの絶望が続く。打ちひしがれた主人公は深夜の街灯の下で、自棄になって決まったセリフを吐き捨てる。どうせ傷つくのなら、誰も愛さない方がマシだ、と。 裏切りの変質し…

裏切られる愛、裏切らぬ無関心 ①

ひとがひとを愛したとて、その逆に恵まれるとは限らない――すれ違い、そして感傷。悲劇の典型例である一方通行の愛には、それだけでひとの心を深く染めるだけの浸透力がある。恋愛、師弟愛、あるいは家族愛。その種の片思いを主題にした作品は、フィクション…

寝床のランダムネス

普段の夜、布団の中で、わたしの脳は何某かを考えている。何某かというのもその内容は日ごとにばらばらで、何の方向性もありはしない。ある日は研究上の課題の解決策を求めてうんうんと唸っていたと思えば、別の日にはカードゲームの新しいデッキに想いを馳…

祈り、あるいは幻影への追従 ⑥

参列客が立ち上がり、視神経チャネルの制限が解かれる。現実の光と全くおなじ光量で、仮想の光が視界を満たす。周辺視野のポップアップがなければ、まったく気づかなかっただろう変化だ。 だがいま、ぼくはその瞬間をはっきりと知覚できた気がした。過去の幻…

祈り、あるいは幻影への追従 ⑤

封印していた感情がぶり返す。非人工の静寂の中で、ぼくは静かに取り乱す。カナタと事件は、セットにされるべきではなかった。こうやって、カナタを現代に縛り付けるべきではなかった。 カナタが、絶対に望まないだろう形で。 冷静な部分のぼくは、ぼくの乱…

祈り、あるいは幻影への追従 ④

ぼくはほかの犠牲者に想いを馳せる。隣で悼まれているだろう誰か、おそらくは生前のカナタの知人だった誰か。ぼくはそのひとの名前を知らない。 知っているのは、犠牲者が百二十人だったことだけ。カナタはそのうちのひとりだ。ほかの百十九人の中の何人かの…

祈り、あるいは幻影への追従 ③

嫌悪すべきもの。それはもちろん、画面の揺れなどではない。いかに過去の技術が未発達で、視る者の健康を害するからと言って、それは決して悪にはならない。 インタビューアーでもない。この若者は記録係に過ぎない。忘れ去られるべき無数の真実、偶然残った…

祈り、あるいは幻影への追従 ②

「このヘッドマウントディスプレイのように、ですか」インタビューアーの声は、薄ら寒い風として式場を吹く。カナタのほうは、その行き過ぎた不格好を咎めることなく、ただ不敵な笑みを浮かべる。わずかに見えた歯が、天然の灯りに妖しく光る。 カナタを疑っ…

祈り、あるいは幻影への追従 ①

遺影の中のカナタは、見知ったスーツをまとって微笑んでいた。 時代劇に出てくるような長方形の枠の中で、カナタはわずかに揺れた。学校で、会派の集会で、もう何度も繰り返し見た映像。昔の映像特有の視点の摂動は、インタビューアーの額に取り付けられた、…

純粋の虚像 ④

彼女は券売機に向かう。足音にすら可憐さを宿して、高校生の後に並ぶ。つとめてやわらかな足取り。計算された優雅さ。 彼女は知っている、こういうときどう振舞えばいいかを。どう振舞っているように見せればいいのかを。知っていることは穢れの証、だが穢れ…

純粋の虚像 ③

ぐぅ、と間の抜けた音が鳴った。 令嬢は戦っていた。自分自身と、戦っていた。牛丼屋のカウンターを、自分色に染めつづけながら。場違いな気品を、純朴のイコンへと昇華しながら。 第一の対戦相手は空腹だった。鳴ったのは彼女の腹だった、その場の全員がそ…

純粋の虚像 ②

食券を買わずに、カウンターに座る令嬢。もちろん、丼は出てこない。机の上にメニューがないことに彼女は気づいている。その事実が意味することにも。 バイト店員の安時給では、彼女に話しかけて注文を促す理由はない。むしろ店員は、彼女というこの世ならざ…

純粋の虚像 ①

ひとりの妙齢の女性が、背もたれのない丸椅子に座っている。見るからに高貴ないで立ちで、丁寧に結われたつややかな黒髪だけでもすでに、ただものならぬ優雅さを漂わせている。純白のセーターは、ブランド物に縁のないわたしですら、庶民には手の届かぬ代物…

イノセンスの幻影 ②

(自室。パソコンの画面には、小学生のポスターコンクールの入賞作品。題目は、「私たちの海を守る」。) ニュースサイトの画像。生産されるのと同じスピードで忘れられてゆく画像。忘れると知りながら、ぼくはどうしてか、そんなものを眺めている。 (「海…

イノセンスの幻影 ①

(ひとりの男の子、だいたい五歳くらい。雲一つない青空を見上げている。飛行機の軌跡が、淡水色のカンバスに真っ白な線を刻んでいる。) (男の子は飛行機雲を見たことがない。それはなにも、彼が持病で生まれてからずっと病室にこもりつづけていたからだと…

キノコの家 ⑤

選択肢はふたつだ。 選択肢一番、絶望的な選択肢。 奴の要求を断固として拒否し、キノコは刈らずに去る。結果として、今月の家賃しめて一万八千円を徴収するきわめて正統な権利を俺は保ち続けられる。その権利が、授業中に児童を黙らせようと試みる小学校教…