2021-08-01から1ヶ月間の記事一覧

ブラックボックス信仰の指針書

近世以降、宗教と科学はつねに対立を続けてきた。すくなくとも西洋では、はじめのころの宗教は科学に優越していて、たとえばガリレオ・ガリレイのように、キリスト教の教えに反するとして投獄される科学者もあった。現代の西洋では、科学はおおかたのばあい…

会話文の分析 ②

きのうまでの三日間にわたって、わたしはひとつの短編を書いた。主人公は、暗殺者の女性。彼女はきわめて優秀で、そしてきわめて冷徹だ。ターゲットの命どころか、自分の命にすらいっさいの価値を覚えないほどに。 物語は、彼女が実の妹を殺すところから始ま…

或る暗殺者の話 ③

壁を蹴るやいなや、ケイカは光のなかへと一息に飛び込んだ。目にも止まらぬ速さだった。無警戒のテツキが気づくよりも早く、ケイカの腕はその男の首を背後からがっちりと抱え込んでいた。 いつでも首を折れる態勢を整えて、ケイカは小さく、しかしはっきりと…

或る暗殺者の話 ②

ケイカは工業地区へと向かった。都心からそう遠くないにもかかわらず、あたりは閑散として、まるでもう忘れ去られて何十年も経ったような雰囲気だった。工場の巨大な屋根が月を映し、まるで天を押しつぶしたような冷たい影で、不自然に太い道路に覆いかぶさ…

或る暗殺者の話 ①

最後の吐息が川面に消えるのを見て、ケイカは死体から手を離した。川の水で両手を軽くすすいで立ち上がると、街灯が河川敷に長い影を落とした。土手に上がろうとケイカがが歩き出すと、腰まで伸びるまっすぐな金髪が、消えることのない都心の灯りに妖しいき…

短編という形式の発見

三日前、わたしは短編を書いた。ふたりの少女の会話のなかで進む話だ。詳細が気になるのなら本編を読んでほしいが、そううまく書けているわけでもないので、あなたがたに読めと強制する道理はないだろう。だからかわりに、ここで前半のあらすじを紹介しよう…

会話文の分析

一昨日、わたしはふと思い立って短編を書いた。具体的な内容については、ここで説明するより読んでもらったほうが早いので割愛するが、とにかく話のすべては、二人の少女の会話の中で進んでいく。もっともあの短編に会話以外の文章はないから、小説というよ…

論理的彫刻法

あたらしく研究をするとき、わたしたちはいつでも、既存研究との関係性を語らなければならない。もしわたしたちの研究が既存のフレームワークにあらたな問題を当てはめることなら、そのフレームワークの歴史と、その問題をあてはめることの意義を。もしまっ…

短編 メタフィクションの少女たち

「あのさぁ、リカ」 「なぁに、ユカ」 「アタシってさぁ、結構メタいこと言うじゃん?」 「こらこら、あんまりそういうこと言うもんじゃないわよ」 「うん、わかってる。でもさ、アタシがメタいこと言うとさ、いつもリカがツッコんでくるよね? 『メタいわね…

中身のない文章

学会とは、知の博覧会だ。たくさんの研究者が一堂に会し、最近考えたことを持ち寄って発表する。そして、あるものは純粋に知的な興奮のために、またあるものは自分の研究に生かせるなにかをさがすために、互いが互いの発表を聴いてかえってゆく。 博覧会であ…

ご意見、ご誹謗、ご中傷のほどをお待ちしております

五か月前、この日記はとつぜん産声を上げた。当時のわたしの頭は、行き場のない思考の滞留でぱんぱんになっていて、それがあの日、ついに爆発したのだ。わたしの思考は、ツイッターに書くには複雑すぎるしフェイスブックに書くには鬱々としすぎていたから、…

合理性一、車輪は再発明しないこと

以前も言及したように、わたしにとって、数学とプログラミングはおなじくらい厳密だ。わたしはこのアナロジーを気に入っているから、一昨日もそれを参照して、わたしがなにを理解と呼ぶかについて長々と議論した。 アナロジーを語るうえで、かならず必要な前…

戒律一、車輪はまず発明すること

数学は、いかにも複雑な学問だ。たとえばひとりの学生が、いまの最先端の研究を追いかけたいとすれば、分野もよるが数年の勉強が必要だ。さらには最近の某予想の証明論文など、理解しようと数年にわたって死闘を繰り広げたプロの数学者が、いまだ成功してい…

理解を理解する

だれかと一緒にはたらくとき、わたしたちは必ず相手とコミュニケーションをとる。それは月に一度の進捗報告だけかもしれないし、逆に四六時中一緒にいるということかもしれないが、とにかく、まったくコミュニケーションがないことはありえない。 コミュニケ…

長編へのビジョン

日記をはじめて百五十日が経過した。毎度のことだが、最初はここまで続くとは思っていなかった。 こんな書き出しにはもうみな飽きているはずだから、今日は単刀直入に言おう。ネタ切れである。昨日までのテーマはもうだいたい書き切って、そして新しいテーマ…

ハイエナの食肉生産 ②

どんな趣味も、はじめたてはすごく楽しい。はじめてから数日のあいだ、わたしたちの頭はその新しい趣味のことでいっぱいになって、たとえば新着情報を数十分おきにチェックしたりもする。まったく知らない状態でスタートすれば、その情報のすべてがわたした…

ハイエナの食肉生産

研究とは未知の探究だから、結果はやってみるまでわからない。たとえば、とても解けそうになかった問題も、ひとつ気づけば芋づる式に解けてしまったりする。逆に、組み上げた論理の最後のひとピース、枝葉だと思ってのこしておいたところが、実は本質的に難…

信仰は巨人を避ける

わたしの半生は、つねに問題を解くこととともにあった。 小学生の頃、わたしは算数少年だった。算数とは問題を解くことだから、わたしは問題を解き続けて少年期を過ごした。中学生になると、わたしは数学オリンピックに出会い、問題を解くのは競技の練習にな…

あたらしい積分路を

数学をすると聞いて、あなたは何を想像するだろうか。 かりにあなたが高校生で、つぎかそのつぎの春に大学受験を控えているとしよう。その場合、あなたにとって数学をするとは、問題を解くことだ。参考書の問題にせよ、塾や学校の課題にせよ、あなたは既存の…

あなたを道連れに

誰にだって、ひとと共有したいものごとがある。わたしとは何者か。わたしの好きなものは何で、嫌いなものは何か。小説や、映画や、あるいは社会問題をみて、わたしはどう感じたか。 みながそう思うから、世の中には表現の手段がたくさんある。ツイッターやフ…

百マス計算式研究法

わたしにとって、研究とは問題を解くことだ。研究の喜び、わたしにとってそれは、問題という絡み目がほどけていくときの爽快感である。あるいは、ほどけた糸を、証明というかたちに整然とより合わせる際の達成感である。 なにを解くかは、じつのところどうで…

中途半端なコミュニケーション

世の中はどうやらわたしを中心に回っているようで、最近、ほぼすべてが家の中で済むようになった。パジャマ以外の服を着ることすら億劫な、超の付くものぐさなわたしにとっては、手放しですばらしいことである。 家族以外と話すのは、すべてオンラインだ。そ…

想像が創造する

「研究のよろこびは、想像のよろこび。むかしの論文でもさいきんの論文でも、とにかくすばらしい論文にはかならず、書いた研究者のゆたかな世界観が沁みこんでいるの。その世界をこっそり覗いて、きれいだなぁって感動したとき、わたしは研究をやっていてよ…

真摯さからの解放

昨日の日記に、わたしは別人格を登場させようと試みた。わたしとは正反対の考えを持つ、研究者の少女。ただ問題を解きたいだけのわたしと違って、彼女は研究の喜びを、巨人の肩に立つことじたいに感じている。 彼女を生き生きと描き出すのは、最初はとても困…

音を止め、穴を掘る

研究とはなにかとはむずかしい問いだが、わたしにとって、研究とは問題を解くことだ。わたしの理想の研究者とは、パズルを解いて遊んでいればなぜか給料と社会的地位が降ってくる、そんなふしぎな職業である。 むろん現実はそう簡単ではない。もっとも、パズ…

魅惑と盲目と錯覚と

三日間の学会が終わった。五年前にはじめて参加して、感銘を受けた学会。その頃なら、わたしは期待と焦燥がないまぜになったような、えもいわれぬ精神状態に陥っていたことだろう。 すこし時をすすめ、三年前のわたしの立場で想像してみよう。三日間で扱われ…

テーマが見えてきた。どうして?

研究の評価はむずかしい。トップ会議に通っているような論文でも、もしわたしが査読していたらリジェクトと言っていたであろうものが大量にある。はんたいに、楽しく読ませてもらえる研究だって、かならずしもトップ会議には通っていない。 それで困るのは、…

数式についていけない世界線

よい話し手は、聞き手がわかりやすいように発表を磨き上げる。わずか数分から数時間の持ち時間はどう割り振ればよいか。何を話して、何を話さなければ、聞き手の興味を掻き立てられるか。どうすれば、聞き手を飽きさせず、ときには笑わせ、寝かさないことが…

合理的非聴講

書いていた論文を提出してから、はや三週間が経った。つぎの進捗は、まだない。 研究とは未知の探究だから、思い通りに進まないのは普通のことだ。そういうときは、運が悪かったと思うしかない。だが今回の場合、進まない理由は明白だ。何を隠そう、わたしが…

巨人の足元で花を摘む

科学を学ぶことは、科学の歴史の追体験だと言えるのかもしれない。義務教育で、わたしたちは古代ギリシアで発見されたような古典的な結果を学ぶ。高校や大学の学部で、わたしたちは近代科学のおままごとを始める。そうして学年が上がるごとに、わたしたちは…