2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

素晴らしきパズル人生

わたしの半生は、つねにパズルとともにあった。数学やプログラミングの問題を解く趣味が嵩じて、気づけば博士課程にまで進学していた。そうしていまも、研究の社会的な意義など真面目に考えることもなく、ただ数学パズルを解いて遊んでいる。 ペンシルパズル…

救国の桃太郎 第九話

みたび桃太郎の頭上が晴れ、足元を何かが走った。野生の素早さで猿が飛びつくと、それはくすんだ羽色の雉だった。 桃太郎は猿に命じ、雉を足元に放たせた。「お前はどうして、群れから離れて一羽でいるのだ」 「きれいな、きいろいおはながさいてたの。あの…

救国の桃太郎 第八話

再び桃太郎の頭上が晴れ、一匹の小さな猿が、羊歯の下生えを裂いて飛び出してきた。雪解け水の流れるがごとき滑らかさで、猿は桃太郎の腰、ちょうど黍団子を携えているあたりに飛びつこうと試みたが、桃太郎の反応はその上を行った。桃太郎は咄嗟に肘を出し…

Data Does Not Exist

いまとなっては下火の考え方だが、十年ほど前には、データへの課金がいかにくだらないことなのかが真剣に議論されていた。当時の論調によれば、たとえばソーシャル・ゲームへの課金でどんなにたくさんのアイテムを手に入れても、サービスが終わってしまえば…

異言語は香らない

世の中を流れることばの多くは、さまざまな解釈ができる。たとえば、詩や小説は、読んだ人のこころに触れてはじめてかたちをなすような比喩表現であふれかえっている。あるていど厳密であるべき法律の条文でさえ、過去の判例にあわせて、その意味するところ…

これはメタな日記です。

今日はすこし忙しいので、日記は軽く済ますことにする。 忙しかったり書くことが思いつかなかったりしたとき、わたしはこれまで「日記はおやすみにする」と書き出していた。しかしもちろん、この書き出しは厳密にはウソである。日記をおやすみにすると日記に…

謎深き査読者と、明晰なコンピュータ

このまえ書いたとおり、わたしにとって数学の読み書きとは、われわれが数学を書くための言語と、わたしが数学を考えるための言語とのあいだの翻訳のいとなみである。わたしは、われわれのことばをわたしのことばへと翻訳することで数学を理解し、わたしのこ…

分からなくてもよいこと

学術研究の目的にはいろいろあるが、おそらくいちばん一般的なのは、人類の知識を拡げることだろう。研究者とは、まだ見ぬ景色のためにその身を捧げる知識の探究者である、と。 ステレオタイプな研究者観によれば、研究者は知識の探究にのめり込むあまり、そ…

救国の桃太郎 第七話

オニガシマへの正確な道のりは誰も知らなかった。地図がないとは、すなわち探検家は誰も生きて帰らなかったということだ。なにごとをも記されなかった紙にはむしろ、過去の戦いの残虐な血の記憶が、むせかえるほどに染みついているのだった。 それでも、桃太…

救国の桃太郎 第六話

桃太郎の出立を控えた夜、村は異様な熱狂に包まれていた。雷鳴の間近に轟く凄絶な夜だったが、村民らは皆浮かされたように酒を呷り、全身を滝のように流れる雨粒をもいっさい顧みなかった。このような熱狂は革命以来だった――革命当時のさまざまな夢想に反し…

救国の桃太郎 第五話

幼き桃太郎の尊大な態度は、窮屈な寒村に齎された異様な黒点だった。生誕の経緯も相まって、村民らはこの不遜な少年を畏れ、なるべく触れぬように過ごした。 当初は、老夫婦は桃太郎の生まれを隠していた。二人は、川で拾った捨て子だと説明した。しかし生誕…

非ネイティブ的数式処理法

広く信じられている考え方によれば、思考はことばを介してなされる。ことばは、人と人の間での通信手段であるだけでなく、わたしの頭の中で、思考と思考とをつなぎ合わせるためのインフラストラクチュアでもある、というわけだ。 ふだんの会話や執筆活動にお…

Storyteller's Strangeness

多くの研究者にとって、研究の目的は研究それ自体だ。すくなくとも私は、金のために研究するわけでもなければ、人のために研究するわけでもない。目的はあくまで、私個人の喜びだ。 そして、世間もそれを許してくれる……のであれば、もう私から語るべきことは…

機械の箱に願いを込めて

幾度となく言われていることだが、けっきょく科学とは信仰である。 もっとも、科学の宗教性を否定するむきもある。科学者とはそもそも理想主義的な生き物だが、その中でも最も盲目な部類の人間は、科学は宗教や魔法とは違うと主張する。彼らの論拠は、科学の…

救国の桃太郎 第四話

老夫婦の眼前で、桃は不気味なほどにまっすぐ、垂直に割れた。赤黒い液体がデザートのソースの如く流れ出し、土の床を赤く染めた。銑鉄の異臭に、老妻は顔をしかめた。 しかし老夫を凍り付かせたのは、異臭でも断面の不自然さでもなかった。桃の中、赤子の額…

救国の桃太郎 第三話

眼前の異様な光景に、老夫婦は氷柱が如く凍り付いた。 ことは半刻前に遡る。帰宅とともに、老夫の耳に不吉な赤子の泣き声が響いた。老夫の記憶では、隣近所には赤子も妊婦もなかった。そのため、老夫は捨て子を疑った。疚しき原因で身ごもった誰かが、いやし…

文脈不自由文法

キーボードが治らなくなったので、タブレットから投稿する。 最初の一文で、タブレット環境の予想以上の快適さに気づいた。いつも文章は練りながら書いているから、タイピングの遅さはボトルネックにはならない。 では逆に、タイピングはいつボトルネックだ…

残像に口紅を (塗らない)

キーボードが壊れた。いまは幸い調子はいいが、ときおりいくつかのキーが効かなくなる。 最初に思ったのは、効くキーだけで日記を書いてはどうかということだった。正常なキーボードではできない、面白い挑戦だ。だがすぐに、尋常でない困難さに気づいた。母…

救国の桃太郎 第二話

川面の鴨の飛び立つよりも速く、老妻は桃の拾得に取り掛かった。悠長な思考より迅速な行動を。革命前最後の十年で、老妻はこの教訓の味を嫌というほど噛みしめてきた。 老妻は手近な枝を拾い、洗濯用の網を先端に括り付けた。洗い上がった肌着が岸辺の汚泥に…

救国の桃太郎 第一話

文章は書きながら考えるものだから、文体は内容に影響する。 では、はたしてその具体的な影響とは。それを知る手段は書くこと以外にはないから、書いてみることにする。とはいえ、設定を最初から考えていては手のつけようがないから、誰しもが知る既存の物語…

思ったんだけどさ、読みにくくね?

いい文章ってのは、読みやすい文章だ。スッと入ってきてグッと心に響く、そういうのこそ価値ある文章ってもんだ。 で、俺の文章はどうだ。俺だって伊達に二か月も日記を書いてたわけじゃねぇからよ、そんなのは読まなくても分かる。正直言って、俺の文章は読…

鋳型をえらぶ

昨日は怪文書を書いた。もし仮に、私の日記を日々の癒しとする変人がいるのであればお詫びすべきところだが、そんな人はいるわけがない。従って、もはや読み返す気すらしないあの文章に何かを求める人がいるなら、それは私でしかありえないだろう。 最初から…

ニヒリストでもできる、お手軽な自己肯定感の高め方

突然ですがみなさん、自己肯定感が欲しいと思ったことはありませんか? 職場で、学校で、突然必要になる自己肯定感。うっかり実家に置いてきちゃった~、なんて方も多いと思います。でも、欲しいと思ったときになかなか手に入らないのが、自己肯定感なんです…

引退ポエム 2

競技プログラミングには長い時間を捧げてきたから、引退に関してそれなりに思うことはある。一度ではとても書き切れないから、何度かに分けて書いていこうと思う。 引退はしたが、まだ問題はそれなりに解ける。昨日も書いた通り、やめても即座に問題が解けな…

実力への癒着 (引退ポエム 1)

ネタのストックも尽きているし、今日のことを題材にしてお茶を濁そうと思う。もともと日記なのだから、本来はそれで正しいのだ。 今日は Google Code Jam の Round 3 に参加した。世界大会への参加がかかっており、こんな世でなければ、一年で最も大切とも呼…

\begin{なんかカッコいい式}

論文を書くとき、イントロと証明にはひとつ大きな違いがある。ほんとうにくだらない違いだが、やる気を大きく左右する違いだ。 さてその違いとは、数式があるかどうかだ。そう、数式はカッコいいから、書くと盛り上がるのだ。 例えばテレビドラマは、天才の…

執筆の好き嫌い

最近は論文のイントロを書いている。毎度のことながら、楽しくない作業だ。 さて、矛盾するようだが、私は執筆が好きだ。頭の中に漂うイメージを、言葉という糸へと紡ぎ出すのが好きだ。ふた月も書き続けてなおそう思うのだから、本当に好きなのだろう。 イ…

いまばなし ねつりきがく

彼はふと、熱力学を学びなおしてみようと考えました。彼は学部時代にお世話になったウェブサイトを思い出すと、お茶を片手に読み始めました。 彼の目標は、熱力学の公理系を抽出することでした。彼が親しんできた数学と違って、物理の教科書には、定義や公理…

むかしばなし ぶつりがくとわたし

むかしむかしあるところに、具体的には六年前の東京に、一人の若者がおりました。彼はいたって普通の大学一年生で、新生活への期待に胸を膨らませるわけでもなく、ただ内輪のなれ合いと愚痴をツイッターに書き殴って毎日を過ごしていました。 彼がよく文句を…

城を捨て、不義理で殴れ

現代では、多くが殴り合いでなく話し合いによって解決される。交渉のための言語スキルが、蹂躙のための武力より重要なこともある――サシの戦いでは、言葉は決して武力に勝てないにも関わらず。 攻撃のセオリーは相手の弱点を突くことで、だから防御側は陣形を…