2021-04-01から1ヶ月間の記事一覧

タイトル未設定

何事においても、自由度は足枷だ。 子供の名前を決めるのは難しい。研究テーマの策定は、研究を進めるのよりよほど大変だ。人が「何か面白いことを言って」と言ったとき、彼らは面白いことを要求するではなく、自由度の高さに相手を困らせようとしている。 …

人物設定方法

第一部として想定していた部分を書き終わった。もちろん、行きついた先は当初の想定とはだいぶ異なる――だがとりあえず、一区切りはついた。 さて、そろそろ登場人物の名前を決める必要がある。言及が全部「彼女」「彼」では、読者は誰のことを指しているか分…

第十七話

一夜明けると、私の頭にはいくつかのアイデアが整っていた。久々に刺激のある一日を過ごしたせいか、疲れは抜けきらなくても頭脳は明晰だった。 壁の向こうの文明と戦って勝つ、そんな手段はもちろん、一夜で思いつけるわけはなかった。ましてや、敵が、壁を…

物語の局所性

今日は小説はお休みにする。 話の流れは、当初の予定とは大きく変わっている。物語には局所的な要請があり、その要請には素直に従わなければならないからだ。 物語の各部分は、それほど自由ではない。物語のどの部分でも、登場人物は各々の行動原理に従わね…

第十六話

彼女の行動は速かった。「アタシの後ろについて!」彼女は言うと、黒い塊の飛んでくる壁の方にまっすぐに向き直った。従うかどうか考える暇もなく、私は彼女の言うままにした。 「右!」彼女が叫び、右に数歩走った。私も遅れて走り、そして一瞬ののち、さっ…

第十五話

「あっちに走って!」思わぬ方向からの声に見上げると、彼女は隣家の屋根の上に立っていた。下には作業員たちの人だかりができていて、彼女をどうやって引きずりおろしたものか相談していた。 言われたとおり、私は裏路地に入った。何年もここに住んでいるの…

第十四話

「壁の方を見て。この前見た方の」彼女に言われるがままに、私は望遠鏡を回した。階下では店番のおじさんが何やら叫んでいたが、彼女は全く気にもかけなかった。聞きたいことは山ほどあった――今何をしようとしているのか、どうやって戻ってきたのか。だが彼…

第十三話

この一週間、私はほとんど何もする気が起きなかった。 腰はすっかり治っていた。まだできることもあった――私の頭には、さらに高倍率な望遠鏡に関する古文書の記述が一言一句刻み込まれていた。それでも、望遠鏡の部品を少しでも触った瞬間、あの日の記憶が呼…

第十二話

真っ暗闇。アタシは叫び続けたが、反応はなかった。 たった数メートルの壁。この向こうは、見慣れた訓練施設。でも、その数メートルを超える大変さを、アタシたちは誰よりもよく知っていた。そしてその大変さはいま、アタシの生死の問題だった。 ちゃんと考…

第十一話

大きな石が、アタシたちの頭上に落ち続けていた。 訓練施設の屋上。怖い、どうしよう。一発当たったら、終わり。よけなきゃ。でも足は動かなくて、アタシは上半身だけを動かして石の雨から逃げた。案の定、膝に石が当たった。ダメみたい。仮に生き延びたとし…

第十話

壁の向こうを見据えたまま、アタシは左腰のボトルを手に取った。やけに軽く感じ、アタシはボトルを振ってみた。案の定、水音はしなかった。ここからは水分補給なしで、これを続けなきゃいけないわけ? アタシは腹が立って、ボトルを乱暴に投げ捨てた。 よけ…

第九話

視界が揺れ、レンズの向こうの少女が転びかけた。少女はまるで何かに追われているように、壁の上を走っていた。時折上がる土煙からも、なにか良くないことが起こっているのは明白だった。 私は「危ない!」と叫びかけ、一瞬ののちに、先ほど親方にレンズの調…

中間感想

今日は疲れたので、小説はお休みにする。これは一応日記だし、「今日は疲れた」という情報がある分、今日はだいぶ日記をしていることになるだろう。 ストーリーと呼べるものを初めて書いてみて、いくつか収穫がある。一番の収穫は、細かい設定をしなくてもと…

第八話

壁の上は、アタシが思ったよりも狭かった。壁の幅は十メートルほどで、上面は日に焼けてところどころひび割れていた。先ほど崩れた部分はえぐれていて、ところどころ日陰になっていた。中央には、直径一メートルほどの円形の切れ目があった。自然にできたに…

第七話

アタシの登攀は、とっても順調だった。さっきはちょっと足場が崩れたけれど、むしろ逆に、これならアタシは絶対登れる、と思った。あれくらいは訓練カリキュラムの範囲内だし、アタシは真面目に訓練を積んできたんだから。 一番の懸念事項は、登る前にすでに…

第六話

望遠鏡の中の少女を眺めながら、私は彼女がここに来た日のことを思い出していた。それは、私の望遠鏡が初めて、誰かの役に立った日だった。 春一番の吹く、暖かい春の日だった。空はあまりに青くて、私は、これなら壁の向こう側まででも見渡せるんじゃないか…

第五話

まるで、すべてが寝静まったかのような夜だった。ここ数日の春風は嘘のように止み、訓練施設を死神のような静寂が包んでいた。 明日が、お兄ちゃんの登攀の日。お兄ちゃんとはもうお別れ。頭では分かっていたが、今更になってその実感が重くのしかかってきた…

第四話

私は古技術工場の家庭に生まれた。母は有名な考古技術学者で、図書館に通っては古文書を紐解いていた。母曰く、この世界にはまだ実現されていない古代技術がたくさんあるのだそうだ。古文書に直接は書かれていないことへの嗅覚を磨けば、きっと存在したはず…

第三話

五年前。アタシは最年少で最後のクラスにたどり着いた。 同期は、アタシを含めて四人。年齢こそだいぶ上だけど、みんな仲の良い友達だった――というのは、ちょっと生意気すぎるかな。とにかく、アタシたちの誰も、この中での競争について、あんまり真剣には考…

第二話

居ても立ってもいられなくなって、私は望遠鏡を手に取った。西側のカーテンを開けて、壁の中ほどに照準を合わせた。手が震えていたのか、ピントを合わせるねじの回りが、今日は少し重いような気がした。 ほどなくして、壁のひび割れの細部が浮かび上がってき…

壁の向こうへ 第一話

壁のひび割れに手をかけ、アタシはえいやと身体を持ち上げた。 「うん、いつも通り」足場で見送る教官にだけ聞こえるように呟いて、アタシは登り始めた。むしろ、いつもよりも軽快なくらい。 これからアタシが成し遂げることを考えたら、身体だって軽くなる…

僕はもういない

※これはフィクションです メッセージの送信を確認して、俺は携帯を投げ捨てた。服を脱いで風呂場に向かい、シャワーの水量を全開にすると、俺は顔を打つ痛みに身を任せた。 あれが最後の彼女だった……といっても、とても付き合っていると呼べるような状態では…

方針転換

決断とは、なかなかに難しいものだ。今日決断しないデメリットは、今日決断する労力に見合わない。人類の例にもれず、私はそうやって様々な決断を先送りにしてきた。失われた機会の大きさについては、考えない。後悔すると分かりきっているから。 その点、日…

今日はおやすみです

日記を始めるとき、私は文章の質には凝らないと決めた。質にこだわりすぎて物事が続かなくなった経験は一度や二度ではないから、逃げ道を用意した形だ。 それでもというか案の定というか、やはり私の凝り性はそう簡単には治らない。結局内容にこだわり、平均…

共感要求と自己言及

悲惨なニュースには必ず、同情の声が数多く寄せられる。「こんな事件は二度と起こらないで欲しい」「どうか無事であってほしい」……。語彙力巧みに繰り広げられる同情の嵐は、さながらそういう競技のようでもある。 一部の狡猾な策士を除いて、おそらく彼らは…

退化する感情の痕跡

一般に、感情の爆発は不適切な態度とされる。曰く、怒りを感じたら六秒待て。頭を冷やせ。感情に任せて安易に行動すると人は破滅する、根底にはそういう信仰がある。 一方で、激情をいとも簡単に抑えれば、そいつは人の心がないことになる。感動のドキュメン…

悪意への憧れ

誰かの悪意を目にしたとき、ある種の人は、その誰かの不遇さに原因を求める。やれ虐待家庭で育った、やれ就職に失敗した、そういった理由を見出そうとする。おそらく彼らは、自分の論理で説明不可能な意図を受け入れられないのだろう。恨みに溺れて周りの見…

活動と盲目のトレードオフ

およそ活動家というのは盲目で、自分の正義を絶対だと考えている。異なる論理を、彼らは意図して受け入れないのではなく、単に理解できない。彼らの辞書に内省という言葉はなく、「こう思う」と「こうである」は同じ意味だ。 彼らはトレードオフを理解しない…

蓄えた抽象の使い方

科学的思考法には少なからず、具体を抽象へと昇華する試みとしての側面がある。複雑な現実から単純な本質を抜き出すボトムアップな思考法を、私は訓練し続けてきた。つまるところ、この日記もそうだ。 抽象的理解が一度成立すれば、抽象を抽象のまま扱えるよ…