キャラクターとエピソードの輪廻

短い言葉は、多くの内容を語らない。情報量的な問題で、複雑な何かを伝えるには長文が必要になる。

 

 

例えばキャラクターの設定は、複雑なもののひとつだ。キャラクターはそれぞれ固有のものでなければならない。そして、個性を感じられるほどに詳しく人間を描写するには、いくつかのエピソードが必要になる。ましてや、その変化を書くとあっては!

 

 

逆に、エピソードにもまた、キャラクターの設定が必要だ。設定のないキャラクターは動かない。だから事前に、作者はキャラクターの特徴を書く――エピソードなしで、すなわち、短い言葉で。

 

短い言葉の箇条書きは、もちろんキャラクターそのものではない。性格診断の類型を見ても、その人を理解したことにはならないのと同じだ。だから最初のエピソードにおいては、短い設定だけで無理やりキャラクターを動かさねばならない――まだひとりでには、動き出さないから。

 

キャラクターが先か、エピソードが先か。鶏が先か、卵が先か。どちらかを先に作ることはできない、だがどちらも作らなければならない。だからと言って、別にキャラクター設定が特別難しいことだとは思わない。仕事も研究も、運動もゲームも、最初はおなじような矛盾に苦しむことになる。鶏と卵、両方を順繰りに型取っていく作業の先に、循環する生命の体系が宿ると期待している。

設定の膨大さ

言語化は、先へ進むための良い手段だ。世の中に、他人に、あるいは自分の心に渦巻く感情に悶々としても、言葉にすれば納得できる。

 

もちろん、自分を納得させるだけの言語化は簡単ではない。自分自身の欺瞞に一番敏感なのは自分自身だ。だからこそ、物事をよく表す言葉には力がある。

 

しかし、言葉と現実は別物だ。現実には言葉の羅列よりはるかに大きい情報量があり、言葉はそのすべてを表せない。どんな素晴らしい言葉も、あくまで現実の近似に、記号化に過ぎない。だから我々にできるのは、あくまで近似の精度を高めることだ。

 

近似精度を高めるための最も簡単な手段として、文章を長くすることが挙げられる。現実が複雑すぎるなら、言葉も複雑にしてしまえばよい。文章は簡潔なほど良い、だがそれは内容を保つ場合のみだ。長文でないと表せない内容によって、長い文章は正当化される。

 

よい長編はおそらく、その点をクリアしている。言葉だけで世界を表し、にもかかわらずその世界が実在するように錯覚させる技術。その裏には、そうさせるだけの膨大な内容が、すなわち設定がある。

 

まだ見ぬ世界を詳細に設定するのは、現実を詳細に観察するよりはるかに難しい。数十万字の文章にできるだけの設定を考えるのは、めまいのする作業だ。だが、やらなければならない。設定を積み上げ積み上げ、振り返った時にようやくことの大きさに気づく、その瞬間を私は楽しみにしている。

名前情報の伝達

現実の会話において、話し相手の名前が不要なことは多い。相手の正体は、会話の内容そのものに比べれば些細な問題だ。行きつけの店で会う数年の仲の名前を知らない、こういったことが起こるのは、単に名前という情報が話に無関係だからだ。

 

もちろん、初対面なら、互いの名前は話題として成立する。だがそれは、名前が重要な情報だからではなく、誰にでも名前は存在するからだ。名前があるという全人類の公約数的話題、そしてそれ以上の共通の話題を我々はまだ知らない。

 

話以外の場面でも、相手の名前はあまり必要にならない。想像してみれば分かることだが、二人称の相手の名を呼ぶシチュエーションは意外と少ないのだ。呼び止めたいとき、第三者に紹介するとき、それと……叱るとき。他に思いつくだろうか?

 

一方創作において、名前は重要な識別子だ。誰が行動の主なのかは、いちいち書かないと伝わらない。三人称の語りにおいて、名前の導入は簡単だ――単に、地の文で説明すればよい。だが一人称の語りにおいては、相手の名を語り手が知るギミックが必要になる――語り手が相手の名に興味なくても、読者には必要なのだ。

 

幸い、創作において、作者は自由に世界の細部を設定できる。語りの都合のためだけに誰かに名札をつけさせたり、忘れ物をさせて先生に叱らせたりしても構わない。だが、これは常に可能だろうか?

 

例えば緊迫の瞬間において、そんな余裕は大抵ない。主人公かその相手が、相手の名を律儀に聞く人間でない限り、作者は物語を名前抜きで進めることになる。

 

だが少なくとも、名前を知らないことが物語上の意味を持つ短い間において、この態度は可能だ。だから、相手の名を知らせるためだけのご都合主義は後回しにしても構わない。関係の濃い相手の名を聞くのは、現実においては難しいことだが、創作においてはおそらく大した問題にはならない、という安心で、この話題はおしまいにしよう。

著者への言及とリスペクト文化

ことアカデミアにおいて、仕事が誰の手によるかは重要とされる。論文情報には、必ず最初に著者名が含まれる。それどころか、『フォン・ノイマンの 1947 年論文』のように、論文への言及がタイトルを含まないことすら普通である。

 

創作についても同じことが言える。『罪と罰』を読むことを、我々は「ドストエフスキーを読む」と表現する。作品には著者が色濃く出る都合か、著者というメタ情報は、作品の方向性を示す優秀なアイコンとして機能している。

 

この手の著者の重視は、しばしば「リスペクト」と呼ばれる。仕事そのものを尊敬するのならば、それを生むに至った著者の偉大な努力と深遠な洞察をも同時に尊敬するはずだ、というロジックである。だが、著者情報を切り離して仕事そのものを評価することも、また可能な態度である。

 

眺める世界を変えてみよう。カードゲームの世界においては、デッキの作者はあまり重視されない。大会の入賞リストをそのままコピーして使っても誰も怒らないし、それで勝手に別の大会に出てしまってもよい (アカデミアでやったら大問題だ!)。一部の独創的なデッキビルダーのものを除き、作者名がデッキの方向性を示すことは稀だ――似たリストの個別のチューンを区別するための純粋な識別子として、作者名が現れることはあるが。

 

私はカードゲーマーのこの態度を、リスペクトに欠けるとは思わない。アカデミアでは当然に成立する論理、「最初に考えた人には相応の栄誉が与えられるべきだ」という理念は、単に普遍的なものではないというだけだ。「後から同じことをやった人が評価されてたらどう思う?」という、引用の重要性の観念を押し付けるための誘導尋問は、成立しない世界もある。

 

とはいえ、リスペクトに対して相対的であることと、実際にリスペクトを否定して回ることとは違う。郷に入っては郷に従うべきだ。幸い、リスペクトを内面化せずとも、論文の引用の作法を覚えることはできる。著者の努力の偉大さや洞察の深遠さとは関係なく、ただ粛々と正しい言及を繰り返していこうと思う次第である。

すべての箇所に情報量を

サイドストーリーが完結した。「前編」「中編」というタイトルからも分かる通り、当初の予定では二~三話になる予定だった。

 

だがいかにも、現実には七話にまで伸び、「後編④」などという不可解なタイトルが生まれた。当たり前のことを痛感した次第である――物語とは書きながら進んでいくものだから、長さは事前には見積もれない。今後タイトルは「第何話」で統一しよう。

 

それはさておき、初期よりは文章が小説らしくなってきたように感じる。ただの自惚れかもしれないが、とりあえず、情景描写において、新たに気を付けるようになったことが一つだけある。それは、文のすべての部分に情報量を与えることだ。

 

例として、音に関する情景描写を考えてみよう。「子供の声が聞こえる」、例えばこの文に詩的な修飾を施すとき、これまで私は各単語の修辞に集中してきた。「興奮した子供の金切り声が砂浜に聞こえる」、こういうわけだ。

 

「興奮した子供の金切り声」、この部分は良いだろう。だが述語「砂浜に聞こえる」、これは冗長だ――「聞こえる」のは、「声」と言った時点で確定している。述語「聞こえる」は、ただ述語の枠を埋めるためだけの形式にすぎない。

 

ではどうするか。「聞こえる」をやめることだ。

 

「興奮した子供の金切り声が、青空と白波の間に消えた」、こんなふうに。

 

特に述語に、この言い換えは有効である。明確な対象を表す名詞と違い、述語の動詞や形容詞の意味は曖昧だ。そのくせ、完全な文には、述語はかならず必要ときている。体言止めという話法が成立する理由、それは述語が意味上の働きを持たないからだ。

 

だからこそ、述語には何を書いてもよいことになる。聴覚の表現に視覚的表現を。個人の感覚に大きく依存する表現を。別に通じなくて構わないのだ――情景描写など、所詮雰囲気づくりに過ぎないのだから。

追憶 side: ハルカ エピローグ

一週間後、私は《中央地区》の病院にいた。太腿の傷は深く、歩けるようになるまではもう少しかかりそうだった。

 

両親向けの説明では、傷は機械実習の授業でできたことになっていた。肩に残る不自然な刺傷を見れば、両親はその嘘に気づいただろう。だが幸いなことに、傷口は包帯でぐるぐる巻きにされて見えなかった。

 

あの日、あれだけの多数を相手にしながら、サロエは最後まで倒れなかった。私が図書館に入ってすぐ、サロエは戦いの場所を下に移した。階段と違って図書館には安定した足場があるし、なによりサロエには地の利があった――暗闇の中でまともに移動できるのは、部屋の構造を知っているサロエだけだった。

 

戦いを終え、傷だらけの私を背負いながら、サロエは死体を順に確認していった。途中、サロエの手が、ひとりの男の首の締め痕を調べた。明らかに、サロエの仕業ではない死体。だが他の死体と同じように、サロエはただ脈を確認して去った。《常夜街》には殺人がありふれすぎていて、他地区の少女が人を殺そうが気にならないのかもしれない、そう思うと私は末恐ろしかった。

 

サロエは傷だらけの私を病院まで背負って運ぶと、やることがあると言って《常夜街》へと戻った。それ以来、彼女には会っていない。

 

私たち、仲良くなれるかもしれないわね」――私は、例の小柄な女性の言葉に思いを馳せた。私の、初めての友達。あとから思えば、本当に仲良くなれるとは考えにくかった――私が正気を保っている限りは。

 

だがあの狂気の一瞬、確かに私たちの心は通じあっていた。結局私の本性は、あの人と同じ、躊躇なく人を傷つける人間なのだろうか? 愉快さだけのために、図書館に火を放つような?

 

答えを期待するかのように、私は病室の壁を見つめた。だがその白一色の壁は、ただすべての光を等しく包み込むだけだった。カーテンが揺れ、部屋の光が音のない旋律を奏でた。

 

病室の扉が開き、ハヤキおじさんが現れた。「荷物が来てるよ。サロエ先生からだ」受け取ると、それは薄い箱型の包みだった。

 

「ありがとうございます」包みを開くと、一冊の古文書が現れた。あの日私が図書館で見つけた、私がずっと読みたかった本。小さな金属片が太腿の包帯に落ち、取り上げるとそれは鍵だった。

 

見覚えのない鍵を置いて本を開くと、表紙の裏に一枚の手紙が挟まっていた。病室に夕陽が差し込み、包帯を心なしか朱く染めた。私は手紙を開き、読み始めた。

 

「ハルカさん、

本を届ける。他の荷物は学校にあるから、治ったら取りに来てほしい」

 

野太い字、簡潔で不愛想な文面。だがその短い文章に、私は不器用な親切さを感じた。

 

「南京錠ひとつでは危険なので、図書館の扉と鍵を新調した。これは合鍵だ。

あそこの本は貴重な資料だから、危険にさらすのは良くないのかもしれない。本を移送するなら手伝う。だが、私に決める資格はない。判断は君に任せる。

サロエより」

 

手紙はこれで終わりだった。机の上の鍵が肘に当たり、かすかに空気が揺れた。なぜサロエに決める資格がないのか、そう考えて私は彼女の言葉を思い出した。「ここに、人が住んでいるからだ」――鍵がかかっていても、あそこの本はあそこの人たちのもの。その恩恵を一番受けたのがサロエなのは、疑う余地もなかった。

 

だがサロエの言う通り、本は移送された方がよかった。《常夜街》にあるとあっては、読まれるべきものも読まれない。私は責任の重みに身震いし、そして最も安全な結論を出した――とりあえず、退院してから考えよう。

 

私は手紙を脇の机に置き、お待ちかねの本をめくった。『望遠鏡の高倍率化上の課題』、そう題する章に、私の目が吸い寄せられた。ずっと開かれてこなかったページの黴臭いにおいが、病室の白無垢に古代文明の巨像を映し出していた。

追憶 side: ハルカ 後編④

「あら、ずいぶんと遅かったようね」嘲笑うような女の声が、図書館の薄闇に不協和音を奏でた。振り向くとそこは壁で、もうひとつの光源の中で小柄な女が狡猾な笑みを浮かべていた。女の右手には槍が握られていて、先端の金属が病的な青白さできらめいていた。女のもう片方の手には、ランタンの炎が小さく揺れていた。

 

「あなたは?」混乱の中、私は言った、そして言ってから気づいた。先ほど私を狙おうとして、サロエにすくい投げられた女。よく見ると、女の額には真新しいあざがあった。

 

「あの大女には感謝するわ。まさか、武器があるって自分から教えてくれるなんてね」女の声はあまりに楽しげで、仲間が殺されたとは知らないのだと私は思った。

 

そう、私は先を越されたのだ。サロエの声を聞いたのは私だけではなかったから。

 

「その槍で、何を……」混乱したままの私の声は、槍の一閃に遮られた。すんでのところで私は避け、金属の先端が棚を突いた。本が数冊落ち、見開きのページが地面に潰れた。

 

「決まってるじゃない。あの大女の分厚い内臓を貫いてやるのよ」女は猟奇的に言った。言葉が残酷であればあるほど、女の唇は嬉しげに歪んだ。そしてしばし考え込むように、女は左手のランタンを弄んだ。「それで、そうね。ここは燃やしてしまおうかしら」

 

ここを、燃やす。ついでのように発されたその言葉が、私を我に返らせた。殺人の余韻はまだ両手に残っていた、だが図書館が燃えるのは喫緊の課題だった。私はかっとなって食いついた。「何のために、燃やすんです」

 

女にとって、この反応は意外なようだった。「あら、ここがそんなに大事?」女の口角がはっきりと上がり、槍の先端が床の本をつついた。背表紙が割れる音が、私の耳を不気味に責め立てた。女はランタンを床に置き、ポケットからマッチを取り出した。「だったら、なおさら燃やしてあげなきゃね」

 

言い終わるや否や、女はマッチを擦って床に投げた。それは床に落ちた本に引火し、埃を巻き上げて黒い煙を上げた。私は夢中で、本を女の足元に蹴った――そのあたりは壁で、燃えそうなものはなかった。

 

「あら、なかなかやるじゃない」足元で燃える本には構わず、女は次のマッチを擦った。私は身構えたが、女はただあたりを見回して投げるふりをするだけだった。私を挑発して楽しんでいるだけ、そう頭では分かっていたが、私は反応をやめられなかった。

 

「やめて!」私は耐えきれなくなって、女の左手をめがけて突進した。女は驚いた表情を浮かべ、だが振り上げられた槍の切っ先は正確に私の太腿をえぐった。「痛っ!」私は転がされ、床の本の表紙がべったりと血で汚れた。それでも私の目は、しっかりと女を睨みつけ続けた。

 

「私は殺してくれていい、でもここには触らないで!」ほとんど半狂乱で、私は叫んだ。なぜだかは分からないが、図書館を守るのは私の義務なような気がしていた。私は這ったまま突進し、槍が二つ目の傷を腕に作った。

 

女の顔が殺意に歪んだ。三度目の攻撃が私の顔を狙い、それは肩に当たって新たな傷を作った。「あら、それで罪を償ったつもり? 殺人鬼さん?」

 

私ははっとしたが、口をついて出た言葉は真逆のものだった。「そうよ、私は殺人鬼よ! あなたも道連れにしてあげるわ!」私は槍の柄を掴もうと試み、だが私の手は宙を掻いた。

 

私は無防備で、次の攻撃をよけられる見込みはなかった。私は死を覚悟して目をつぶった、だがいつまで経っても攻撃の気配はなかった。おそるおそる目を開けると、女は温和な笑みを浮かべていた。初めて見る表情だった。

 

「それなら私たち、仲良くなれるかもしれないわね」四度目の攻撃、だがその牽制のための突きに殺意はこもっていなかった。女はマッチを置き、足元の本を踏んで火を消した。「あの男、嫌なやつだったわ。あなたが殺してくれて、私はせいせいしてるの」

 

 女は槍を壁に立てかけ、床にへばりつく私の手を取った。私は女の手を握り、身体を起こした。全身の傷が痛んだ、だが彼女は私が立ち上がるまで辛抱強く待ってくれた。

 

もはや私たちは仲間だった。「これが私、なんでしょうか」女に肩を預けながら、私は力なく呟いた。「知らない人を、躊躇なく傷つけるのが」

 

「受け容れるのよ」しばらく考えて、女が言った。「むき出しの殺意を、嗜虐心を。そうすれば、自由になれるわ」

 

「そう、なんでしょうね」互いのランタンがぶつかり、ひとつの旋律を奏でた。私の腕から血が滴り、彼女の靴を濡らした。住む世界はこんなにも違うけど、間違いなく、彼女は私の初めての友達だった。「そうだ、名前を教えてもらってもいいですか」

 

しかし、その問いに答えが返ってくることはなかった。不気味な気流を感じて隣を見ると、サロエの槍が女の頭をまっすぐに貫いていた。